12 教育学文献学習ノート(22)-3神代健彦編『民主主義の育てかた 現代の理論としての戦後教育学』(2021) 第2章 「『私事の組織化』論-教師の仕事にとって保護者とは?」(大日方真史) 【後半】

(承前)

  さてこれで大日方(2021)を行論の末尾まで検討しました。私の考えるところでは、本ノートにはあと二つの作業が残っています。
 一つは、『教育』No.910(2021.11)掲載の以下の2論文を検討することです。

[特別企画]今に生きる戦後教育学
 大日方真史 なぜ今「私事の組織化」論か
 福島賢二  私事の組織化論を教育の公共性論として発展させる

 『教育』誌上での「[特別企画]今に生きる戦後教育学」はNo.909(2021.10)からNo.912(2022.1)まで継続され、計12名の執筆者のうち9名は、現在この「ノート」で検討を継続している神代編『民主主義の育てかた』全9章の各執筆者です。各号2つずつ設定されている「特集」とは別立てのこの[特別企画]については、掲載初回のNo.909の「特別企画シリーズ」扉(P.53)で、「この特別企画では、教育学理論のなかでも特に『実践とともに歩んできた』とされている『戦後教育学』というものに焦点を当て、その現代的意義を論じてみたいと思います。(中略)そうした研究者たちの『研究実践』の営みの一端を、この特集で掴んでいただければと思います。」と書かれていますが、これから神代編『民主主義の育てかた』の各章著者たちが登場するのだという説明はありません。『民主主義の育てかた』については扉に続く冒頭の神代健彦論文「戦後教育学の批判的継承へ」の冒頭で紹介されています。しかしそれに続く『民主主義の育てかた』各章執筆者のそれぞれ見開き2ページの文章(下記一覧参照)では、いずれも同書の自著論文への言及がないことを、やや奇妙に思いました(神代論文でも後半で神代氏執筆の第7章に関係する内容を論じていますが、第7章を出典として示していません)。
 

中村(新井)清二(=第8章執筆者) “民主主義のからだ”を視野にいれて」
河合隆平
(=第9章執筆者) 障害児教育論-子どもに合わせて問いを立て直す
三谷高史
(=第3章執筆者) 「地域と教育」論における「参加」を考える
古里貴士
(=第4章執筆者) いま、公害教育論を引き継ぐ
南出吉祥
(=第5章執筆者) 今こそ求められる“青年期教育”

 続く『教育』No.910-912では、以下のように『民主主義の育てかた』の執筆者から1名、執筆者以外から1名が、内容的に互いに呼応する形で執筆されています。

No.910
大日方真史(=第2章執筆者) なぜ今「私事の組織化」論か
福島賢二 私事の組織化論を教育の公共性論として発展させる

No.911
土屋明広 「国民の教育権」と学校自治・再考
杉浦由香里
(=第1章執筆者) 「国民の教育権」論の現代的課題
No.912
丸山啓史(=第6章執筆者) 「発達論」の現代的課題
前田晶子 矛盾・対立をひらく発達論 


 外野の(=教科研会員だけど、『教育』の編集に関与しているわけではない)読者である私としては、『教育』誌全4号にわたる[特別企画]について、《教科研に集う(但し、9名の全執筆者がそうなのかどうかは、私は知りませんが)若い研究者が「戦後教育学」を取り上げた意欲的な試みとして『民主主義の育てかた』を紹介し、同書執筆集団内外の見解を紹介します》みたいな形ではっきりと企画意図(私が勝手に解釈した企画意図ですが)を書いてもらった方がよかったように思いますけど、公式に教科研として企画・出版した書籍でないためでしょうか、それとも執筆者の人びとがそういう位置づけを遠慮されたのでしょうか。
 要らないことを書きました。そこで、上記の中の大日方論文、福島論文について。


大日方真史 なぜ今「私事の組織化」論か (『教育』No.910 2021.11)
   *本ノートで検討してきた大日方論文を私は(大日方2021)と表記してきましたので、この『教育』掲載論文については、「大日方(2021.11)」と略称することにします。

 大日方(2021.11)は大日方(2021)をベースに、大日方(2017)、大日方(2018)、大日方(2019a)も援用しながら書かれており、おおかたの論点は私のここまでの「ノート」記述で取り上げてきたつもりですが、私から見て大日方(2021)よりもさらに先へと展開されているのではないかと思われる記述を2箇所ピックアップさせていただきます。


【保護者の意識が「分化」し、それぞれの保護者が市場の当事者のようにみなされる状況にあって、保護者参加」を通じて「私事の組織化」を追求すべきだとすれば、その追求は、教師の専門性への保護者からの共同の「委託」より前に、当の保護者参加を支えるための教師の専門性を必要としよう。】(大日方2021.11 P.57上段 黄色網掛けは佐藤)

 ⇒T.Satou:大日方(2021)における「保護者からの『委託』に教師の地位(専門職性)確定の根拠を置くという順序性(専門性に対する「委託」→地位確定)に必ずしもとらわれずに、教師の地位(専門職性)確定の根拠の一部を、教師の専門性が示されていく過程に委ねるという転換をもたらしうる」(大日方2021 P.59)「いったん『委任』の契機を経れば教育権は保護者の手を離れるとの解釈に基づく、教師への『白紙委任』との指摘を回避しつつ、教師の専門性に即した専門職性をより実質化する可能性」(同)という記述から、大日方(2021.11)では親の委託「より前に」、保護者参加を支える教師の専門性が必要だという表現へと一歩踏み出したように私は読み取りました。 

【本稿で紹介してきたような保護者の意識変容にまつわる事柄にも、教師の専門的自律性、保護者参加、現場における民主主義を見通してよいのではないか。ただし、こうした展望を教師の専門性・働きかけに依拠して描くことに対しては、教師の仕事をさらに増やすものであり、教師に求めすぎであるという批判があるかもしれない。筆者も、現状ですべての教師に求められるとは考えない。しかし、教室における実践と切り離されて保護者と関わるのでも、誰も試みていないことに新たに挑戦するのでもなく、教室の実践と接続して蓄積されてきた実際の取り組みがあり、それに改めて光をあてたいと考えるのである。その営みは、教育の公共性を追求するうえで現状では数少ない回路の一つである。】(大日方2021.11 P.58上段 黄色網掛けは佐藤)

 ⇒T.Satou:網掛けした部分に、従来の教師の仕事のありように対する大日方氏の批判的意識もほの見えるので、このあたりは機会があればぜひ詳しく伺ってみたいなと思います。


福島賢二 私事の組織化論を教育の公共性論として発展させる (『教育』No.910 2021.11) 

 福島氏の議論は、私が専門分野外の人間であることもあって、難解すぎてほとんど理解できません。大日方批判であることはわかったので、私がかろうじて意味を掴めた部分を抜粋しておきます。


「大日方論文の新しさは、保護者の私的関心を学級全体への関心へと広げる機能を学級通信が果たしていることを提起することによって、教師の専門性の観点から私事の組織化論の再構成を試みる点にある。」(P.60上段)

 一方以下は、私が意味を掴めなかった部分のうち、私個人にとって《意味が掴めないことがもっとも切実である》部分です。

「しかしながら気になる点もある。それは、私事の組織化論における『私事』とは『私化』ではないという点である。私事の組織化論を批判する論者の多くが『私事』と『私化』を混同しているが、大日方論文も同様の誤解をしていないか懸念される。」(P.60下段)

 そして福島氏は続けて、本「ノート」で検討してきた大日方(2021)の【例えば、私事の組織化論の】「意義は、保護者との関係が教師の仕事の成立自体を揺るがしかねないような危険をはらんだ問題となっている現代においてこそ、探る値打ちが増すもの」(P.45)という一節を引いて、この点は「『私事』を『私化』として認識していないだろうか。」(福島 P.61上段)と指摘します。
 福島氏は、堀尾輝久『現代教育の思想と構造』(1971)を援用して、
「『私事』とは、人間の内面形成に関わる教育は家庭教育で行われるものであり、家庭教育によらない公教育においても私的な性格をもつという起源から、公教育を整備・運営する公権力は内面形成に干渉することは許されないというものである」(福島 P.61上段) と述べます。
 しかし福島氏は、大日方氏が誤って踏み込んでいると指摘する「私化」については、論文中で概念規定をしていません。私が知らないだけで、教育制度学?の領域ではあまりにも常識的な用語で定義の必要もないのでしょうか。ちなみに手元の『新明解国語辞典 第四版特装愛蔵版』(1991)をひもといてみましたが、「私化」という語は掲載されていませんでした。ネット検索をするといろいろ学術文献の中に使われているようです。特定の学問領域の人びとにとっては共通理解があるのでしょう。
 福島氏は《大日方はAをBと誤解している(のではないか)》と指摘し、Aについては定義を述べましたが、Bについては述べていません。これでは「私化」概念・問題について素人である私としては福島氏の大日方氏批判の意味を理解することができないので、ここで検討を打ち切ります。



 次に、さきほど「あと二つの作業」と書いた2つ目の作業ですが、太田和敬氏(文教大学人間科学部退職)のブログ「太田 和敬ブログ」における投稿  「『教育』2021年11月号を読む 教育の私事性論は、どこに弱点があったのか」(2021.10.26
http://wakei-education.sakura.ne.jp/otazemiblog/?p=2811&fbclid=IwAR2IPKo5O9HymDgMAlHktT0vemW1aN7Mt9k1SOzKBPw9kZ-DKrE2Dya-tow 以下、行論の便宜上、「太田(2021.10)」と略記します)に言及したいと思います。
 大日方(2021)が掲載された神代編『民主主義の育てかた』が刊行されてからすでに半年以上が経過しており、今回「ノート」で取り上げた第2章大日方論文についてもすでにいろいろなコメントが公表されているかもしれませんが、私がフォローできたのは前述の福島論文と太田(2021.10)だけです(但し太田(2021.10)は大日方(2021)ではなく大日方(2021.11)へのコメントです)。
 太田(2021.10)については、太田氏がfacebook「全国『教育』を読む会」グループ(非公開)への投稿としてこの文章を書いたと告知されていた(2021.10.26)のを読んで知りました。だから偶然に知り得た大日方「私事の組織化」論への他の研究者のコメントだったわけですが、(これは大日方氏の議論とは何の関係もないことではありますが)私は太田氏とは同じfacebook「全国『教育』を読む会」グループの中で全く別の問題(中教審・文科省の「主体的・対話的で深い学び」の評価をめぐって)についての意見交換をしたことがあった(2020年11月頃)のです。そういう個人的経緯があったので、私との対話とは別テーマながら、太田氏が大日方氏の論についてどう考えておられるかに興味があり、ここでも取り上げることにしました。
(2020年11月の太田氏と私のやり取りは、facebookの非公開グループの何かでのものなので、一般公開されていません。本「ノート」の内容とは関係ないものの、太田氏との意見交換の経緯の全体についても、私個人としては本「ノート」を掲載する「佐藤年明私設教育課程論研究室のブログ」の中で「アーカイブ」シリーズとして残しておきたいのですが、出典が非公開グループにおける投稿であるため、太田氏は自論を広く一般公開するという前提で意見表明されたわけではないと思います(私とのやり取りを公開してもよいかどうかについて、特に太田氏に打診したわけではありませんが)。そこで、2020.11の私と太田氏の意見交換の発端となった私自身の投稿だけを、私のブログに「10 【アーカイブ02】京都教科研2020年11月例会を終えて(2020.11.22)」と題して投稿しました。繰り返しますが、これは私と太田氏の過去における研究交流の資料の一部であり、本「ノート」における大日方論の検討とは無関係です。)

 さて、太田(2021.10)は、以下に見るように「学校選択」を中心的な論点として書かれています。太田(2021.10)における太田氏の議論は、親の教育要求と教育行政の対応、公立学校の運営、教育課程等、一部は私の専攻である教育課程論とも関係してくると思われるものの専門外の知識・情報を要するテーマであると思うので、私のコメントは素人の勘違いを含むものとなる恐れがありますが、また、大日方氏自身が太田(2021.10)を読まれたかどうかは承知しておらず、大日方氏を差し置いて私が太田氏の大日方論について論評することは差し出がましいようにも思いますが、それでも大日方(2008,2014,2015,2016,2017,2018,2019a,2019b,2021,2021.11)と太田(2021.10)の双方を読んだ第三者読者としての意見を公表することは許されるだろうと思うので、書き続けます。

 太田氏が検討されているのは本「ノート」で取り上げてきた大日方(2021)ではなく、『教育』No.910(2021.11)掲載の大日方(2021.11)と福島賢二論文です。
 太田氏は冒頭でこう書いています。

「『教育』2021年11月号の特別企画として、『今に生きる戦後教育学』と題する二本の論文が掲載されている。(中略)前者が問題提起をして、後者がその検討をするという構成になっている。」

 細かいことにこだわりすぎと言われるかもしれませんが、上記の紹介は不正確であると思います。
 まず第一に、「11月号の特別企画として、『今に生きる戦後教育学』と題する二本の論文が」と書かれていますが、本「ノート」で先に紹介したように、「今に生きる戦後教育学」は『教育』No.909-912(2021.10-2022.1)の4号にわたるシリーズのテーマであり、11月号だけの企画ではありません。
 第二に、大日方論文が問題提起、福島論文がその検討という「構成」はその通りだとは思うのですが、4号にわたる特別企画の流れを見れば、この企画の執筆者として神代編『民主主義の育てかた』の全執筆者が登場し、このうちNo.909では神代氏が4ページ、他の5人の同書執筆者が2ページの同書分担章に関係する文章を寄稿し、そしてNo.910・911・912月号ではそれぞれ1人の同書執筆者と執筆者でない論者1人ずつが寄稿しています。全体として神代編『民主主義の育てかた』の内容を紹介し、一部外部者による検討も加えるというシリーズ企画であると、前述したように私個人は理解しています。しかし、(あくまで私の理解としてですが)そのような性格の特集であるということを『教育』編集部や同書各執筆者は明記していません。このためかな、と私は思うのですが、太田氏は11月号特別企画の意味を以下のように解釈されています。

「この特集の意図は、『私事の組織化』論を、復権させること、そして、それはどのような論理や教師の実践に裏打ちされるの((ママ))を模索していくことだと理解される。」

 太田氏は大日方(2021.11)もそれを批判的に検討した福島論文も含めて、「特集の意図」が「私事の組織化」論の復権にあると解釈されています。
 これに対して私は、4回連続シリーズの2回目であるNo.910の特別企画は、神代編『民主主義の育てかた』の各執筆者の主張を紹介すること、さらに、(No.909とは違うがNo.911・912とは共通する特徴として)同書執筆者ではない研究者の見解も紹介することで同書を「外からも」検討しようとする企画の一環であって、『教育』誌として「『私事の組織化』論の復権」という編集意図が示されているとは考えません。しかし、N.910特集の意図に関する太田氏の解釈は「読み違い」として排除されるものではなく、それは繰り返しますが『教育』誌において神代編『民主主義の育てかた』の全執筆者の主張を紹介し検討しながらも、同書の内容全体を紹介・検討したいのだという趣旨を明確に述べていないことに原因があると考えます。

 さて、太田(2021.10)の内容に入っていきますが、大日方(2021.11)・福島論文のうち、言及されているのはほとんど大日方論となっています。
 まず、大日方の引用に従って小玉重雄の「私事の組織化」規定が紹介され、「私事の組織化」論の「中心的な論者」が堀尾輝久であることが指摘されます。
 そして太田氏は、大日方氏の主張について(と言うよりは、大日方氏が評価する教師の実践やそれとか変わる保護者の変化、子どもの成長という事実について、と読んだ方がいいのでしょうが)、以下のように支持発言をしています。

「大日方氏の論は、当初は自分の子どもしかみていない保護者(私事)が、教師の発行する学級通信などによって、他の子どもも見えるようになり、『共通関心』が形成される。そのプロセスにおいて『組織化』が現実化し、公共性が実現するという論理建てになっていると解釈できる。そのような優れた実践が保護者の認識を変え、子どもの成長を促進することは間違いないし、そうした実践を拡大していくことも、また大いに賛成である。」

 ここで、太田氏の独自の論点(大日方批判)が以下のように提出されます。

「しかし、大日方氏が書いている、1980年代に国民の教育権論が歴史的使命を終えた、私の表現では『自爆した』のは、『共通関心』が形成されないこととは、まったく別の点にある。それは、二人ともほとんど論じていない『委託』に関してである。」

 大日方氏は大日方(2021)で【1980年代以降、「国民の教育権」論は、その歴史的使命を終えているとの評価が下されることも多いのです。】(P.46)と客観論評的に述べ、また太田氏の批判対象である大日方(2021.11)では、【「国民の教育権」論は、1980年代以降、その歴史的使命を終えていると評価されることも多いが、「私事の組織化」論は、その「国民の教育権」論を構成する一つの理論である。】(P.52上段)と述べています。大日方(2021.11)のタイトルが「なぜ今『私事の組織化』論か」であり、「私事の組織化」論の今日的発展を期したものであることを考えれば、大日方氏自身が「私事の組織化」論をその構成要素とする「国民の教育権」論について、自らも「その歴史的使命を終えている」と評価する立場には立ってはおられないのであろうと私は推測しました。
 太田(2021.10)の冒頭第一段落では、大日方(2021.11)を引いて、「しかし、大日方氏が書いているように、『1980年代以降、国民の教育権論は歴史的使命を終えたという評価もある』から」と述べられているので、太田氏は大日方氏のそこでの言明が先行研究に関する事実指摘であると理解されたと私は解釈しました。しかし、太田(2021.10)の第5段落では、「しかし、大日方氏が書いている、1980年代に国民の教育権論が歴史的使命を終えた、私の表現では『自爆した』のは(後略)」と書かれています。この表現では、大日方氏も「1980年代に国民の教育権論が歴史的使命を終えた」という認識を肯定しているかのようにも読めて(そう読んでしまうのは私の主観でしょうか?)、やや強引だと思いました。

 ともあれ太田氏は、「国民の教育権」論は歴史的使命を終えた。太田氏流に言えば「自爆した」、つまり論として破綻したと捉えておられるわけです。そしてその破綻の原因(太田氏は《原因は》と明確に書かれているわけではなく、「のは」と繋いでおられるだけですが)は、あるいはどの点において破綻したのかというと、問題の核心は大日方氏の言う「共通関心」の未形成ではなくて、「委託」に関することであり、そのことを大日方氏も福島氏も「ほとんど論じていない」というのです。
 ここからは、太田氏の「委託」(大日方氏・太田氏が紹介している小玉重雄氏の「私事の組織化」の定義では、「保護者が自らだけでは果たし得ない権限の一部を協働して教師に委託し、その結果創設されるのが、公教育としての学校であるととらえる」というように「委託」に言及しています)と「学校選択」の関係をめぐる議論が展開されます。
 すなわち、太田氏によれば「家庭で行われていた教育(私事)が、組織化されて、教師の専門性に委ねられた学校教育で実施されるという論理において、『委託』がなされるとしているのだが、実際に、委託のイメージ、制度については、まったく触れられたことがない」。しかし、「臨教審において『教育の自由化論』が提唱され、1990年前後になると学校選択が行政から提起されると、『委託』論が現実に試されることになった」「教育の自由化や学校選択は、まざしく『委託』の具体化の方法の例だったからである」
 「日本の教育にとって、不幸だったといえると思うが、この『委託』論を具体的に提起したのが、臨教審であり、文科省だった」。だから、「国民の教育権論者は、多くが、自由化論や学校選択に反対することになった」「しかし、学校選択を認めずに、『委託』がなされているといえるのだろうか。考えるまでもなく、学校選択こそ、委託の最も典型的な制度である」
 このように太田氏は、学校選択は委託の最も典型的な制度であると述べます。
 少し整理しましょう。
 上記の行論の最初の方では太田氏は「委託」という考え方には懐疑的です。具体的なイメージ、具体的な制度提案がないというのが太田氏が「委託」の現実性を疑う理由だと思われます。
 ところで、「私事の組織化」論が「委託」を具体化した提案ができないでいるうちに、臨教審が「学校選択」について提案しました。
 太田氏自身の立場として、学校選択は「『委託』の具体化の方法の例」であり、「委託(佐藤註・ここでは括弧付きで書かれていない)の典型的な制度」です。
 ここまで整理した上で、太田(2021.10)の論述の先へ進みますが、太田氏自身は臨教審以前にオランダ教育研究に取り組む中から「学校選択論をとるようになった」といいます。
 しかし、国民の教育権論者は臨教審を批判し、多くが「学校選択に反対」です。
 そして太田氏は自身、行政側から提起された学校選択論はそのほとんどが「かなり問題があるもの」だけれども、「選べないよりは、選べたほうがいい」「いくら欠陥があっても、原理的に必要なものは否定するのではなく、改善すべきものなのだ」という立場を表明されているので、現に実施に移されている学校選択制度について一律に反対するものではないという立場であろうと私は受けとめました。

 ここまでは、太田氏の主張の流れを私なりに理解したつもりです。
 先に私が太田氏の論述についての自分自身の理解を「少し整理しましょう」と書いた直前部分で、太田氏の以下の文章を引用しました。

「しかし、学校選択を認めずに、『委託』がなされているといえるのだろうか。考えるまでもなく、学校選択こそ、委託の最も典型的な制度である。」

 私が引っかかるのは上記の文章ではなくて、上記の文章のすぐ後に続いている下記の文章です。

「国民の教育権論によって、あなたの子どもは、『委託』によって、この学校に入学することになったと言われても、そんな委託をした覚えはないというのが、実際のところだ。公立の小中学校は、居住地で決まっているだけ(佐藤註・次の1文字は(ママ))てのだから。そして、どんなに熱意のない、学級通信などまったく作成する気もない教師にあたったからといって、委託してはいないから、本当に委託したい教師に自分の子どもを任せたいといっても、聞き入れられないのだし、国民の教育権論者は、そうした意識を受けとめなかったのである。」

 先に太田氏は、「国民の教育権論者」の多くが学校選択に反対であると指摘しました。
 上記で太田氏は、「国民の教育権論者」が学校選択にどのように対応しようととしていると捉えているのでしょうか? 太田氏は、「国民の教育権論者」が親に対して何をどのように説得しようとしているというのでしょうか?
 「国民の教育権論者」は学校選択を否定して固定的な学区制を肯定し、その理由として《あなたがた親が、わが子をこの学校に入学させるという「委託」をしたのだから》と述べるというのでしょうか? 「国民の教育権論」によって「言われても」と書かれているので、そういう言説を「論者」が「親」に宣言するということが「あり得る仮定」として設定されているようにも読めます。
 しかし、そんな「国民の教育権論者」はいるのでしょうか?
 教育制度に詳しくないので素人論ですが、6歳を過ぎた子どもは次の4月1日に(私立・国立学校を選ばない限り)市町村立○○小学校に入学する旨の通知を教育委員会から受けるんじゃないんですか? 現状では特別な事情がある場合に指定された学校以外の学校に入学するとか転校することも認められているんだろうと思いますが、子どもにも親にも、友だちと同じ学校に入れて嬉しいとか、いじめられてるから他の学校へ行きたいとか、その他いろいろな思いがあるでしょう。これに対して教育行政は原則として居住地域によって入学する学校を割り振り、それでどうしても困る事態であれば他の選択肢について協議に応じてくれたり、あるいは親子の要求を却下して指定した学校に入学するように措置したりするでしょう。この時原則として親子が自由に入学する学校を選択できるシステムがあれば、措置された学校に入学することに不満がある親子にとっては救済策となるでしょうが、日本社会全体で言えばそれが標準ではありません。そうやって多くの子どもたちが本意であったり不本意であったりしながら地域の小学校に入学していくわけですが、太田氏は「国民の教育権論者」が、事実として親や子が自ら選んだわけではない学校に子が入学することについて、理念として「それはあなたの行政に対する委託の結果だから」と、納得するよう説得していると言うのでしょうか?
 さらに上記引用の後半では、太田氏は、親や子が担任教師を選べないこと、熱意のない教師にあたったとしても替えてもらうことはできないという(現実には、普通はそうでしょうね。その教師が犯罪を犯しでもしない限り)事実を挙げて、「国民の教育権論者は、そうした意識を受けとめなかった」というのですが、太田氏の批判の根拠や、その意図するところはなんでしょうか?
 担任教師の指導や子ども・親への関わり方について親が問題や不利益を感じたとき、行動を起こして担任教師の姿勢を改めさせるとか担任教師を交替させるという結果を得ることは、現実には相当大変であることはもちろん事実でしょう。太田氏は「国民の教育権論者」が親の「そうした意識を受けとめなかった」と言うのですが、私の議論ではそうした事態に際して泣き寝入りせずに、「私たち親は先生の専門的力𠈓や人柄を信頼してわが子の一日の大半の生活を先生に預けているんですから、信義を欠くような先生の行動に対しては黙っていられません。確かに学校で子どもたちを教育するのは専門家である先生たちですが、その仕事は私たち親の信頼・委託があってこそ成り立つもんじゃないんですか?」と批判し、行動を起こすことができる(もちろん勇気や覚悟が要ることでしょうが)、そのことを支えるのが「国民の教育権」論ではなかったんでしょうか。

 太田氏は言います。

「国民の教育権論を再建するためには、『委託』にあたる部分をきっちりと論理構成し、その具体化の制度を構想する必要があるのだ。そのことに、まったく無関心と思われる二人の議論は、私事の組織化論の構築には、決して成功しないといわざるをえない。」

 太田氏は、「国民の教育権」論は、「自爆した」、つまり(私の解釈では)自らの原因と責任において自己破綻したと評価されていると思うので、「国民の教育権」論の「再建」は望んでおられないのだと思いますが、仮に「『委託』にあたる部分をきっちりと論理構成し、その具体化の制度を構想する」ならば「再建」も可能だと考えておられるのでしょうか。
 そこはわかりませんが、私個人は「委託」をめぐる議論に十分魅力を感じています。太田氏がおっしゃる「論理構成」も具体的な制度構想ももちろん必要なのでしょうが、私の理解(推測)では大日方氏はすぐれた教師、すぐれた教育実践、期待できる教師-親関係の具体例の分析から、「委託」が単なる抽象的な理念で現実性のないものではないと考えて、親の「私的関心」から「共通関心」への発展(や、両者の相互作用)、教師の専門性を深める自己研鑽、教師と親の交流や親の相互交流などの事実から価値あるものを見出す作業を地道に続けておられるのだと思います。

 太田氏は太田(2021.10)の末尾近くにこう書かれています。

「大日方氏に、単純な質問をしよう。
 学級通信を出して、共通関心が形成された学級の保護者は満足して、いい学校だ、りっぱな先生にあたってよかったと思っているだろう。しかし、そのママ友は、となりの学校で、学級通信などなく、いじめがあっても対処せず、学級崩壊状態が続いているとする。その保護者が、大日方氏に、私たちの学級は、あなたの公共性論でどのようになるのでしょうと質問したら、なんと答えるのだろうか。」


 私はこの質問に対して大日方氏に替わって答える資格もないし、もちろん意思もありませんが、太田氏はいったい何を問いたいのだろうという疑問は持ちました。
 まず、なぜここで「公共性論」の語が登場したのかわかりませんでした。
 太田(2021.10)の表題では「教育の私事性論」の語が用いられており、文章中では「国民の教育権論」「私事性論」「『私事の組織化』論」「『教育の私事性』論」「教育の自由化論」「『委託』論」「自由化論」「委託論」「学校選択論」「私事の組織化論」「公共性論」「参加論」「選択論」(初出順)という「論」がつく語が登場ます。
 「公共性論」の語は、上記引用箇所で一度だけ登場しますが、それ以前の部分で一箇所、先にも引用しましたが第4段落において「公共性」という語が一度登場します(黄色網掛けは佐藤)。

「大日方氏の論は、当初は自分の子どもしかみていない保護者(私事)が、教師の発行する学級通信などによって、他の子どもも見えるようになり、『共通関心』が形成される。そのプロセスにおいて『組織化』が現実化し、公共性が実現するという論理建てになっていると解釈できる。」

 ここから太田氏が大日方論を教育の「公共性」論として捉えていることはわかりますし、また専門外であって「公共性」概念を深く理解していない私でも、私事の組織化の議論と教育の公共性に関する議論が連関していることくらいはわかります。
 ただわからないのは、《大日方氏が自ら調査研究上関わっているインタビュイーではなくて、全く無関係の保護者と、その保護者が関わる学校・学級の惨状が「公共性」論でどう読み解けるかを問う》という太田氏のsituation設定の意味です。
 大日方氏が調査研究を継続してきた霜村学級、西間木学級のような学級やそこにおける教師-子どもたち、教師-親たちの関係をめぐる事実が、おそらく残念ながら日本の学校教育で稀少な事例であること。よその学校・学級に行けば、無気力な教師や学級崩壊状態も多数存在していること。これはおそらくその通りだろうと思います。でも、だから何なんでしょうか?
 大日方氏に替わって反論する資格も意識もない(もちろん大日方氏もそのようなことを望んでおられないはずですし)と先に書いた通りなので、ここでやめますが、太田(2021.10)の末尾近くで表明されている上記の「質問」について、読者としてはその意図がわからないと再度申し上げておきます。



 さて、(いつもながら、ですが^^;)長いコメントも終わりに近づきました。
 最後の最後に、大日方(2021)限定の検討作業から離れて、読ませていただいた大日方(2008,2014,2015,2016,2017,2018,2019a,2019b,2021,2021.11)を踏まえて、大日方氏の研究から学ぶ中で考えたことを2点述べてこの「ノート」を締め括りたいと思います。

 第1点目は、「保護者」という呼称についてです。
 本「ノート」で、私の地の文では意識的に「親」という用語を使用してきました。今日、子どもたちの家庭生活は複雑・多様な状況にあること、遺伝上の(「血のつながった」という表現は何となく古くて再検討必要なように思えるので、取り敢えずの形容として)親子ではない大人、いずれかもしくは両方の親が子どもの遺伝上の親ではない、たとえば祖父母が養育しているとか、いずれかの親が再婚したために子どもと遺伝上の繋がりがないとか、児童養護施設で生活しているとか、(今の日本では少数でしょうが)親や大人に保護されずに街頭でその日暮らしをしているとか、とにかくいわゆる肉親(言ってしまった…)と家庭生活を送っていない子どもは少なくないことでしょう。その場合、子どもと同居している大人を「親」と一括りしてしまうのは問題があるということで大日方氏は「保護者」の語を使用していると推測します(通読した前記10篇の論文の範囲では、私の見逃しかもしれませんが、「保護者」の語の定義や使用意図の説明を見出すことはできませんでした)。
 いまここでは、子どもを「保護」しない《親》もいるということ(遺伝上の繋がりの有無に関わらず)は横に置きましょう。子どもを「保護」しない親と関わることは、もちろん教師の仕事にも含まれますが、福祉・医療・警察その他様々な社会機能とも関わる大きな問題であり、ここでは検討しきれません。
 ですから、遺伝上の親子としての繋がりの有無に関わらず子どもとともに家庭を構成して子どもの保護・養育・教育その他様々な支援にあたる人の呼称として「保護者」を充てるという大日方氏の判断を、私が支持していないわけではありません。
 ただ…「保護者」の語には古い響きもあります。私が小学生だった1960年代、親がわが子の学校に出向いて参加する会合は「保護者会」と呼ばれていました。あいまいな記憶ではありますが、「PTA」というのは必ずしも親や子どもが常用する語ではなく、parents-teachers-associationのこと自体も「保護者会」と通称されていたように思います。教師(など学校関係者)・子どもとともに学校の構成員である「親」について、なぜ「親」が正式呼称や通称にはならず、「保護者」と呼ばれることが通例であったのかについては、そういう方面の研究をしていないので明るくないのですが、おそらく1960年代においては、先ほど書いたような子どもの複雑多様な家庭環境のために家で子どもと暮らす大人を「親」と一律に呼ぶことはちょっと憚られる、というような一般事情ではなかったんじゃないか(少なくともそうした問題状況が社会的に大きくクローズアップされてはいなかった)と思います。「保護者」が50年ほど前の学校社会、あるいはそれ以前から通例上使用されていたとすれば、そうした用語史について歴史的学術的検討を行なうことを経ずに《そのまま》使用することには、私はちょっと抵抗があるのです(大日方氏がその作業をされているかどうかを私は存じ上げないので、失礼な表現になっていたら申しわけありません)。
 一方、《親と子》、《親と教師》というような物言いは、日本の教育実践・教育運動の中で長く続けられてきました。「親」は教育学の専門用語ではないでしょうが、「親」という呼称で親について語ることに我々は日本社会の歴史の中で長く慣れてきました。「親」は差別用語でも禁止用語でもありません。少なくとも遺伝上繋っている二世代の上の方を「親」と呼ぶ用語法は、今後も葬り去る必要はありません。だけど、「親」の呼称の範囲が「保護者」に比べて狭く、(客観的には)「親」とは呼べない人を「保護者」の外延から排除してしまうことは事実です。難しいですね。
 もしも大日方氏が一連の研究の過程でこの語を概念規定して用いられているのであれば、それを参照した上でさらに考えてみたいと思います。


 第2点目は、「固有名」、つまり(子どもの)実名について、です。
 大日方(2021)において「固有名」という語が登場するのは、以下の1箇所です(太字・黄色網掛けは佐藤。以下も同じ。)。

2-3.保護者における「共通関心」形成の意義  において
【学級通信を読んできた保護者たちの語りを分析すると、学級通信を通じた共通関心形成の条件として、例えば、次の三点をあげることができます。①日常的に発行された学級通信が日常的に読まれること、②個々の子どもに関する肯定的に評価される事柄が、その子どもの固有名とともに学級通信に示され、受容されていること、③特定の子どもだけではなく、満遍なく多様な子どもたちが登場すると感じられること、です。】(P.56)

 少し検討対象を広げて探してみると、大日方(2008)では、
2.共通関心の形成 (1)『らぶれたあ』の特性 において、以下の記述があります。
【(佐藤註・霜村三二の学級通信『らぶれたあ』の)特性の第二は、教室のエピソードの記述における固有名の子どもの登場である。これによって、後述するように、教室の子どもの姿が読み手のなかに現われてくるようになる。】(P.383 右段)

同 (2)保護者の読みと共通関心の形成 には、以下の記述があります。
【第一(佐藤註・「保護者間の共通関心の形成」の)に、子どもたちの多様な姿と教室の様子の体感と、ひらかれていく関心である。例えば、「我子だけを見るのではなく、子供のいる場で起こった事や、まわりの人のことを、現場にいらっしゃる先生による、ありのままの気持ちが言葉となって伝わって来」た、「一緒に授業を受けているよう」、「クラスの雰囲気がよりよくわか」った、「その日の出来事、勉強したことを追体験できる」、「“見えない時間”を」「子供と一緒に共有出来た」、など、教室の場に関心が向けられているさまが読み取れる。また、「目に浮かぶようで、先生や子供をとても近くに感じ」た、「みんな違う個性を感じ」た、「きっとこの子はこんな感じの子かも」と「想像したりして、何となく身近に感じ」た、「“クラスの子全員”に親しみを感じてい」った、など、子どもの多様な存在に関心が向けられていったさまも読み取れる。固有名の子どもたちが登場する記述の特性ゆえであろう。】(P.384 左段)

 また、大日方(2015)では、
はじめに の中に以下の記述があります。
【なお、調査によってえられた語りを本稿で引用する際に登場する保護者と子どもの固有名は、すべて仮名である。】(P.236左段)

 先に私は先走って「『固有名』、つまり(子どもの)実名」と書いてしまいましたが、上記から大日方氏の論文においては常に「固有名」=実名を意味するわけではないことがわかりました。教育実践に関する資料あるいはそれを分析した研究論文において、登場する個々の子どもを識別するためのラベルが「固有名」であり、それは実名でなくて仮名の場合もある、ということです。
 抜粋を続けます。

2.保護者における共通関心の形成 の冒頭に以下の記述があります。
【読み手である保護者たちは学級通信をいかに受容し、その受容はいかに共通関心の形成を方向づけているのであろうか。学級通信による共通関心形成に関しては、子どもの固有の使用がその条件となる点や、安心の実感が伴う点がすでに明らかになっている。】(P.238左段)

 この部分に大日方氏は註を付けて自らの大日方(2008)を参照文献として挙げておられ、そして大日方(2008)の関連箇所は私が先に抜粋した部分であろうと思われます。そこで言及されているのは霜村三二氏の学級通信『らぶれたあ』における「教室のエピソードの記述における固有名の子どもの登場」です。そこでは「『きっとこの子はこんな感じの子かも』と『想像したりして、何となく身近に感じ』た、『“クラスの子全員”に親しみを感じてい』った」などといった親の声が紹介されているわけですが、ここでの「固有名」が子どもの実名であるとは大日方氏は明言されていませんが、どうなんでしょうか。もちろん、教師が学級通信上で「仮名で紹介します」とか「Aさんは…Bさんは」などの書き方をしても、クラスの親たちが「ああ、○○くんのことなんだな」と受けとめるという場合もあり得ますけど、それで果たして「この子はこんな感じの子かも」とまでイメージしたり、全員に親しみを感じたりするものかな、とも思います。担任の霜村三二氏が学級通信に子どもの実名を表記されたのかどうかはわかりませんけど、私はこの部分のエピソードはクラスの親たちがわが子以外のクラスの子どもたちについても学級通信で実名で様子を知ることで親しみを感じている、というお話として受けとめました。

 続けます。
2 (3)共通関心形成の条件 には以下の記述があります。
【それでは、西間木の学級通信を通じて保護者において共通関心が形成される条件とはいかなるものであろうか。(中略)
 第2に、個々の子どもに関する肯定的に評価される事柄が、その子どもの固有とともに学級通信に示され、受容されていることである。】(P.239左段-右段)

 ここに関しては、そのすぐ後に滝口さん(仮名)という親の【先生が折に触れて、いい子の話をちゃんと実名を交えて教えてくれるので】(P.239右段)という証言があることからも、西間木先生は学級通信で子どもの実名を書いていることがわかります。ただ、滝口さんは「実名を交えて」と話しておられるので、もしかしたら西間木先生の学級通信に掲載されるエピソードは実名を伏せて書かれる場合もあるのかもしれません。しかし、大日方氏が以下のように続けて紹介している滝口さんを含む4人の証言から、「固有名」とは子どもの実名であることが普通なのであろうと推測されます。

【こうした記述に固有名が使用される意義について、保護者たちは、次のようにいう。

三田:もし名前が出てなかったら、こう、入り込んで読まないかもしれない。
内田:それもあるよね。
滝口:やっぱり顔が思い浮かぶから、ああ、この子がこういうこと言ったんだ、ああ、なるほどね、とかっていう感じの読み方ができる。
三田:〔名前が出てこなかったら:大日方補足〕臨場感がなくなっちゃうね。やっぱりね。

 「顔が思い浮かぶ」こと、「入り込んで」読むことを可能にするのが、固有名での子どもの登場である。同様に、野村さんも、「漠然と、こうでした、だれだれ〔という記述:大日方補足〕がなくて、こんなことをする子がいました、っていっても、なんかあんまり伝わってこないというか。そこでやっぱりだれだれさんがこうでした、っていうほうが、こちらもなんか近づけるかんじがしますけどね」という。固有名での子どもの登場が、子どもたちに対する保護者たちの関心を生み出す要因となっているといえよう。】(同)

【こうした語りにみられるように、西間木の用いている、出来事を描写して「教室の事実」を記述する形式が、保護者の関心を惹きつける条件となんっていると考えられる。教室の子どもの発言を実際に引用しながら、子どもの固有名をあげて記された学級通信が、日常的に継続して読まれることによって、教室の子どもたちに対する共通関心が形成されてくるのだといえよう。】(P.240右段)

3.保護者における私的関心の位置 (1)私的関心に即した心 には以下の記述があります。
【2(3)で、共通関心の形成を可能にするものであると確認した、子どもの固有名を挙げての肯定的に評価される事柄の記述は、保護者の意識における私的関心の位置づけの問題とも直結する。】(同)

【関口さんにとっては、わが子の名とともにわが子の肯定的に評価される事柄が登場しない学級通信は、安心ではなく、心配を招くものであるという。その心配とは、わが子が「お手伝いをしない子」に見えてしまうという点に由来している。したがって、学級通信に固有名を出すことを問題にしており、出すのであれば「バランスよく」というのが関口さんの求めである。】(P.241左段)


 このように、私の解釈では、大日方氏は(霜村三二氏や)西間木紀彰氏の学級通信において子どもたち(の主として《よいこと》)が「教室の事実」が「固有名」(実名)で語られることが、(わが子への私的関心としては様々な思いをめぐらせつつも)親たちの「教室の事実」への積極的関心(共通関心)を醸成していると捉えておられると思います。
 そして、私の解釈としてもう一歩踏み込むならば、クラスの子どもたちの様子が担任教師から親たちへ学級通信を通じて《実名で知らされること》は、親たちがわが子のことから友だちのことも含めた《共通関心》へと意識を広げていく上で極めて重要であり、匿名でなく実名であるからこそ関心を惹きつけられるのだという三田さん、滝口さん、野村さんの発言に注目するならば、実名での紹介は不可欠、と言っても大げさすぎないように思います。

 ただ、(あたりまえのことなんですが)こうしてわが子の学級への関心についていきいきと証言してくれる親たちについても、そこで語られている子どもについても、大日方論文では仮名で紹介されているわけです。公表される教育研究論文や教育実践記録等において子どもや親を実名で記載すれば、論文・記録の著者である研究者や教師の「価値ある教育の事実」世に問いたいと願いを超えて、登場人物の個人情報が詮索されたり、それによって善意で論文や記録への記載を承諾した関係者の尊厳が傷つけられたり、誹謗中傷等によって関係者の社会生活が脅かされたり、関係者間の不和・争いが生じるたりすることも考えられます。教育研究論文や教育実践記録の第三者読者は、その論文・記録の内容と関係のない登場人物の個人情報を得る権利も必要もないはずです。「必要」があると認識しているとすれば、それは論文・記録の登場人物への不当な干渉や攻撃と見なされてもしかたありません。
 逆に言えば、すぐれた教育の事実・現象や実践を共有したい成果として世に問おうとする試みは、その事実・現象・実践が生身の人間の現実の生活と関わっているだけに、結果として発表者の「成果を世に問いたい」という意図とは全くかけ離れた関係者への非難・中傷・攻撃等を招いてしまう危険があり、そしてそのようなことを何としても避けるために、必要最低限のガード・システムを持つ必要があります。
 本「ノート」では教育実践記録・教育実践分析論文に登場する子どもや親の氏名を仮名化・匿名化することを中心に述べてきましたが、教育実践記録であれば執筆者である教師がペンネームを用いることもあります。それとも連動しながら、記録執筆者の所属学校はもちろん、学校のある自治体名も記載せず、プロフィールには「公立小学校教員」というように書く場合もあります。極端な場合には、国内外のすぐれた教育実践紹介とか、あるいは過酷な教育の現状批判をする場合に、国名も書かないということだってあり得るでしょう。その国の国民の生活と権利が反動的政治権力によって危機にさらされているような国について、それでも何かを世に、世界に問いたいという場合には、そういうこともあり得ます。
 他方で、私や大日方氏のような教育学研究者が学会で研究成果を発表するような場合、もちろん所属なしの研究者だっているでしょうけど、普通や○○大学△△学部と所属を明らかにして意見表明することは、アカデミズムの世界での常識だと思います。もちろん前述の例の類似事態として、国民を弾圧する国家から逃れてきた研究者が国際学会で匿名で所属も明らかにせず報告をするというような事態もあり得るのでしょうが、一般に特定目的の公的ネットワーク(構成員全体が相互に知り合っているような小規模のものではない場合)の中で他のメンバーの信頼と承認を得て活動するためには、何らかの形で公的に確認可能な自分の属性を公開することは求められます。
 もちろんそうした学会等の《特定目的のネットワーク》ではない一般社会において、主としてインターネット等を悪用しながら個人の権利と尊厳を傷つける攻撃がいつ加えられるかわからないという今日の状況下で、私たちは足下を救われないように必要な警戒は怠らずに、その上でなおかつ学校教育におけるすぐれた事実とか現象を世に問う(教育実践記録とか教育実践研究論文とはそういうコミュニケーション活動だと思います)わけです。その「世に問う」主体である教師や研究者は、もちろん述べ来たったような状況下で自分自身の身を守ることも重要ですが、同時に、《世に問いたい中身の当事者》ではあるけど《世に問うというアクションの当事者》ではない、子どもたちや親たちに対して、その内容を「世に問う」ことの意義と、「世に問う」行為に伴う危険・懸念と、そうした危険・懸念が生じないための対策などをきちんと示した上で、「世に問う」行為の了承を得なければなりません。これは、教師(あるいは教師と共同作業を行なう研究者)と子どもたち・親たちの日頃からの信頼関係が成立していれば困難なことではないと思いますが、かと言って簡単なこととも言えないと思います(特に子どもたちとの間では簡単ではありません)。

 ここまで、教育実践記録や教育実践研究論文において「教室の事実」を当事者以外の第三者読者の目に晒すことについて論じてきました。
 ここで戻って、大日方氏の研究で取り上げられている特定学級の生活、学級運営に関わる教師-子どもたち-親たちの関係の問題について考えます。
 日々の学級生活、そこで起こっていること、その全てではなくて特に教師が《よい》と思い、子どもたち全員に知らせたい(一日のほとんどを同じ教室でいっしょに過ごす小学校の子どもたちにとっては、学級通信で取り上げられる《よいこと》を掲載以前に目撃してすでに知っている子どもも多いのでしょうが)、親たち全員に知らせたいと思い、学級通信に掲載します。そして、大日方氏が観察した霜村学級や西間木学級の学級通信では、《よいこと》として子どもたち・親たちに知らせたい子どもの姿は、実名で記載されることが多いのだと思います。
 ところで、こういう流れで書いてきてしまったので、何か学級通信に実名で子どもが登場することを特別浮かび上がらせてしまったようですが、学級生活の方向から考え直すと、教師がクラスの様子を(子どもや)親に伝えたいのであれば、しかもそれが雑多な事柄というより、ぜひ知ってほしい《いいこと》なのであれば、「○○さんが…」と実名入りで書く(や話すこと)ことはあたりまえじゃないでしょうか。逆に、「クラスのある子が…」とかの書き方をしたら、「なんで? いいことなのに?」「先生はいいことをした子どもの名前を隠すの?」と親たちの疑問が巻き起こるでしょう。しかも子どもたちの多くは教師が書いた事実をすでに知っているでしょうから、「隠す」というのは意味がなく、却って痛くない腹を探られかねません。
 それでも、前に紹介した西間木学級のお母さんたちが特に実名での子どもの様子の記載に注目してそれ自体を高く評価されていることから推察すると、そういう学級通信を発行する教師は極めて稀なのでしょう。また、読み込みすぎかもしれませんが、お母さんたちはそうして毎日発行する通信に実名で子どもの具体的な姿を紹介することをめぐる西間木先生の努力・苦労を慮っておられるのかもしれません。
 私が想像するだけでも、まず、(これは学級通信に書くためということでなく、またそれだったら本末転倒だとは思いますが)西間木先生が一日の多忙な学級生活・学級指導の中で学級通信に載せたい《よいこと》を見逃さない眼力というか、子どもの捉え方に敬服です。
 次に、実際に親たちからも不安や葛藤が表明されているように、おそらく親の多くは「わが子はいつ載せてもらえるんだろう?」「いつまでも載らないわが子は、いいところがないんだろうか?」など、はらはら、悶々としながら学級通信を受け取り、読んでおられるのでしょう。そういう親たちの気持ちを受けとめつつ、何らかのサイクル(たとえば学期に1回とか)で全ての、あるいは、多くの子どもたちの《よいこと》を掲載しておられるとすれば、それは並大抵のことではないでしょう。
 学級生活での《よいこと》、クラスの子どもたちの《よいところ》は、教師の目に毎日のように予定調和的に飛び込んでくるわけではないでしょう。ですからもちろん学級通信に毎日全員の《よいこと》が掲載されるわけではないはずです。そこで私が思うのは、《ある子どもの実名登場》というのは、もちろんその子のよいところを知らせたいというのが第一目的でしょうが、《私は、この子だけではなくて、一人一人の子どもをしっかり見て、よいところをみなさんに伝えたいと思います。》という教師(ここでは西間木先生を想定しています)の《決意》の秘かな表明ではないか、ということです。西間木先生が例えば学期単位でクラス全員を実名で登場させようとか、そういうことを決めておられたかどうかは知らないのですが、一人の子どもを実名登場させたらその子の親にも他の子の親にもいろいろな波紋が広がることは意識されていると思うんです。教師と親の交流・意思疎通が十分でなければ、「なによ、○○くんばっかり取り上げて。ひいきね。」みたいなやっかみだって起こりかねません。でも西間木先生は、《クラスの子どもたちをみんな同じように大事にしているので、特定の子について取り上げて紹介したりしません》みたいな杓子定規で防衛的なスタンスではなくて、一人の子どもの姿を意識的に取り上げられているんだと思います。《きょうはこの子をとりあげました。明日はまた別の子をとりあげることになるかもしれません。一人一人のよいところをきちんと捉えられる教師になりたいです。》みたいな(私の勝手なイメージに過ぎませんが)メッセージを意識的に親たちの送り続けておられるのではないか。
 担任教師が親たちに、それぞれの親の「わが子」のことだけではなくてクラスのいろいろな子どものことを語る。一人ひとりの子どもの《かけがえのない、よさ》として語る。そのためには、語られる子どもが実名であることは不可欠だと思います。教師が他の子や他の親に、ある子の事実を共有してほしいとき、もちろんそれを匿名で語ることだってできますけれども、《その子のよさを共有してほしい》と教師が願うのであれば、親がその《よさ》を見せてくれた子どもを認識する上で、その子の名前の認知は不可欠じゃないでしょうか。
 もちろん《よさを共有すること》は、その子の全体像を認識することとは違います。あくまで教師が紹介したエピソードの中でのその子の姿だと思います。教師がある子どもの《よいこと》を紹介するときに、例えば別のことでその子について気になることがあってもそれは書かないかもしれません。《よいこと》の紹介が目的であれば、おそらく書かないでしょう。教師は学級通信でクラスの《全ての子ども》の《全てのこと》を紹介しようとするのではないでしょう。そんなことはできないし、そしてすべきではありません。
 だけど、教師がある子の《よいこと》を実名で紹介することで、例えばその同じ子が何か問題行動を起こしてそれがクラスの親にも伝わったとすると、「学級通信に載ってたあの子が…」というような捉え方をする親も出てくるでしょう。教師が子どもについて実名で語り、親がそれを知るということにより、親はその実名というラベルを手がかりにしてある子どもについての人物像イメージを描くこともできます。悪意はなくても、限られた情報から片寄ったイメージを描くこともあり得ます。そういう意味では、学級生活での子どもの具体的な姿が実名を伴って親に伝わるということにはリスクもあります。そのリスクを敏感に察知して学級での子どもたちの姿を親たちに伝えることに慎重になる教師もいるのかもしれません。
 しかし私自身の考えは、もちろん「リスクがあるからやめた方がよい」ではありません。実名情報によってクラスの子どもの片寄った人物像が形成され流布される危険性は、実名情報がもっと頻繁に多様にクラスの教師・子どもたち・親たちの間で交流されることによって、そしてその中で子どもが自分の親に「おかあさん、○○くんはそんな子じゃないよ!」と諫めるというような事態(もちろんその逆に子どもの悪口で親が余計に片寄った人物像を描いてしまう場合だってあるとは思いますが)も起こり、そうしたことも含めて親たちの中でそれぞれの子どもの人物像情報・人物像把握が豊かになっていくことで解決していくべきものだと思います。理想論かもしれませんが。

 ということで、教師の教育実践や親を巻き込んでの学級運営において、実名での情報交換や意見交流は不可欠だと私は思います。

 そして最後に残る課題は、そうした教育実践における実名交流の重要性と、一方で(公開の場での)教育実践の研究交流において実名使用がほぼ不可能であること(ほぼ、と書いたのは、例えば教師が本名と所属校名などの「実名」を公表して教育実践記録を書くことはまだ完全に不可能だとは言えないと思うからです)、教育実践上の《実名の扱い》をめぐるこの《乖離状態》をどう考えたらいいか、ということです。もちろん私は、両者を《統一》しようと考えているわけではありません。学級通信を全て匿名で書くべしとか、教育実践記録を全て実名で書くべしとか、そんな非現実的なことを言っているわけではありません。前者は前者、後者は後者、それぞれのルールは別々に成立しうる、と考えてしまえば、それでおしまいです。
 ただ、一つ思うのは、二つの問題群は、重ならない集合ではない、ということ。
 ある教師が自分自身の覚えとして実践記録を書いたとします。自分のための「覚え」ですから、そこにはクラスの子どもたちが実名で登場します。そしてその教師がその実践記録を、自分だけの「覚え」ではなく他者にも読んでもらえる形に整えて、校内研修会に提出するとしましょう。さてその「整え」作業において、子どもの実名はどうしましょう? 私はかつて三重県内の1学年1学級の小規模な小学校の校内研修に参加して、あるクラスの実践報告について校長先生始め全参加者が「○○が」「△△は」とそのクラスの子どものことを実名で語りながら議論されるのを聞いて感動したことがあります。そういう学校であれば、仮に先の教師が子どもたちの内容を仮名とか記号・番号に書き換えた記録を出したら、「実名で語ろうや!」という声が研修会に参加した同僚から出るかもしれません。実際に、担任はもちろん他の同僚の多くが当該クラスの子どもを知っているような学校であれば、仮名に置き換えられた実践資料をもとに討議するのは、却って不便で仕方がないでしょう。一方、その教師が議論しやすいようにと実名表記の実践資料を提出しようとしたら、「文書として残るデータに子どもの実名を入れるべきではない」と管理職や同僚からクレームが付く学校もあるでしょう。
 先に私が実名情報の重要性を強調したのは、担任教師・クラスの子どもたち・その親、という範囲でのことでした。いま書いてきた学校内の同僚集団というのは、教育実践においては「内」の側のグループですよね。同じ学校内なら、担任以外のどの教師も、「私はその学級の児童とは関係がありませんから」とは、公式には言えないはずで、同僚教師・管理職の全てがあるクラスの子どもの教育に直接的・間接的に関わっています。個人情報保護という点でも、同僚教師はあるクラスの個人情報から部外者としてシャットアウトされる立場ではなく、学校の一員として個人情報保護の責任を負う側にいる(だから、「内」)と思うのです。だから同僚教師は、学校外への情報流出への警戒を怠らないようにしつつ、ある学級の子どもの実名を含む個人情報についても検討したり意見交換する立場にあると私は思います(そういう意見交換による教育実践の発展が望めない職場も残念ながら多いのでしょうが)。この《学校内での実践交流・共同の指導》の営みは、上記二つの問題群(個人情報の節度を持った交流が必要である空間と、個人情報の保護に万全を期すべき空間)の集合が「重なっている部分」だと私は思います。だから二つの問題群のルールは別々に処理すればいいんだ、とは結論づけられないんです。


 以上で大日方(2021)をめぐる長い長い考察を終わります。
 私が2021年7月に、発刊されたばかりの神代編『民主主義の育てかた』を通読し、その中で大日方(2021)を初読したときの非常に乱暴な感想は、大日方氏が注目されている西間木先生や西間木学級の親たちの取り組みは確かにすばらしいけれども、残念ながらおそらくそうした営みは日本中の学校の中では少数なのではないか。少数だけれども実在するのは事実だけれども、昨今学級通信を発行する教師も恐らく残念ながら多くないだろうし、そこから学校教育をめぐる「私事の組織化」について語るというのは根拠が弱いのではないか?というものだったことを、正直に申し上げます。しかし、大日方(2021)以外の10篇の大日方論文も合わせて読んでみて、大日方氏のインタビュー調査に見られるように優れた教育実践や教師・子ども・親の関係をめぐる事実を丁寧に収集して検討することの意味を、大日方(2021)の初読後よりもはるかに重く受けとめるようになりました。それらは統計的調査研究ではないし、多量のデータから機能される一般的傾向を指摘したものではありません。自分自身が量的研究を苦手とし忌避しがちな私の勝手なシンパシーかもしれませんが、個別的に見てああいう親もいる、こういう親もいる、もう少し調べていくとまた違った親像も見えてくるかもしれない、だから収集した事例からの一般化は難しいかもしれないけど、それが教育の、学校の現実であれば、そこに寄り添って現実を認識することの重要性は、私としてはいくら強調しても強調しすぎることはないと考えます。
 但しもちろん、大日方氏が教師や親の行動やその相互関係に関する一般化を志向してはいないと捉えているわけではないし、実際そうではないと思います。ただその部分について私自身は的確に把握しきれておらず、どちらかと言えば西間木学級の教師-親の関係のような教育の具体的事実に注目して大日方氏の研究から学びました。



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