42 読書ノート 児美川孝一郎『新自由主義の40年 「生き方コントロール」の未来形』(青土社)



 
(Kindle版 2024.8.8刊行 2024.11.2-12.13通読 2024.12.15ノート作成)

 児美川孝一郎氏は多くの著作を公刊されていますが、私が本書以前に読んだのは、恥ずかしながら『まず教育論から変えよう: 5つの論争にみる、教育語りの落とし穴』(2015)のみでした。この本を、私の三重大学教育学部在籍30年の最後にクラス担任した教育学専攻68期生の1年生ゼミ(前期・教育学入門セミナー)のテキストとさせていただき、入学したばかりの10名のフレッシュな学生たちと半年間学ばせていただきました。私は児美川氏とは面識がありませんでしたが、ゼミでの学習を始めるにあたってFacebookのMessengerで次のようなご挨拶のメッセージを送りました。

 これに対して児美川氏から以下のような返信をいただきました。

 私からは同日、以下のように返信しました。

 このように書いていたのですが、Messengerにはこれ以降の更新記録がありません。毎週のゼミで私や学生が出していたゼミ通信なども残っているのですが、ゼミで出た疑問点・質問等をまとめて児美川氏に送ったという記録はないので、やっていないんだと思います。せっかくゼミ開始以前に児美川氏に連絡を取って交流のきっかけを作っていたのにまことに残念で、ご挨拶だけ送った児美川氏に対しても失礼であったと反省しています。

 さて、本書ですが、佐貫浩氏などの新自由主義改革批判の文献からもこれまでから学ばせていただいているので、本書の刊行を知っていずれ入手する必要があると思っていたところ、2024.12.8に教科研教育学部会で児美川氏が「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が溶かす公教育――『新自由主義教育の40年』より――」と題して報告されることを知り、参加を申し込むと共に本書を入手して読み始めました(即時入手が可能なこともありKindle版にしました)。全379ページの大著ですので、同研究会までに読了することはできず、まず「プロローグ」と第1部「キャリア教育の現在」を読んだ後、このままでは12/8研究会までに全文読了は難しいと考えレ、ます12/8報告で児美川さんが直接言及されるだろうと推測した「第4部教育改革のゆくえ」の12章・13章と14章の途中までを読み、研究会後に14章の残りと15章を読んだ後、第2部・際3部を読み、最後に「エピローグ」と「あとがき」を読むという(1ページ目からページ順に読むことを慣行にしている私としては珍しい)読み方をしました。そういう点では、自分が本書の内容をその構成に従ってきちんと理解しているかどうかというと自信がないところがあります。

 内容に言及する前に、本書についてとてもおもしろいと思ったことは、児美川氏の本書の構成の仕方、《編み方》です。自己の過去の研究論文・著作や書き下ろし原稿を含めて一冊の本を《編む》というのは研究者が単行書を出すときに誰もが行なう作業でしょうが、本書の場合、その一般的意味を越えて《著者によって編まれている、編み直されている》という感想を私は強く持ちました。
 「プロローグ」では児美川氏自身の「新自由主義・新自由主義教育改革」批判研究の歴史が回顧されており、教育学の中での専攻分野は異なる私にとっても大変興味深いものでした。
 「プロローグ」の「3 本書のねらいと構成」で児美川氏はこう書いておられます。

 研究内容的には門外漢的ポジションで本書を読んだ私にとっても、この《挌闘の痕跡》がとてもおもしろいのです。というのは、児美川氏は「プロローグ」の中で本書全体の見取り図を読者に示されただけではなく、第1部で7ページ、第2部で13ページ、第3部で13ページ、第4部で15ページ(Kindle版でのページ表記についての私のカウントの仕方が間違っていなければ、ですが)わたって、《章のまえがき》的な解説文を付けておられます。そこではまず、それぞれの時期に書かれた(本書への書き下ろしも含む)論稿を一つの部としてまとめる位置づけが説明され、続いて各論稿についての解説や今日的な補足等がなされます。そしてさらに「エピローグ」で本書のまとめと今後の課題が示され、さらには「あとがき」で本書をまとめた感慨が示されています。
 こう書いてしまうと、研究者が編むアンソロジーと言えば大概はそういうものじゃないかと言われそうですが、私は本書を読んで、著者が過去の研究歴においてそれぞれに公表してきた論稿に書き下ろし稿も加えた研究成果について改めて検討を加えた上で、《発表当時の認識を伝えるために最低限しか改編せずに収録した》とか《当時からの状況の変化を踏まえて大幅に加筆修正した》とか(そういう説明は誰でもすると思いますが)の報告にとどまらず、原論文のどこを残しどこを書き換えたり書き加えたりするかでいかに迷い、悩んだかということも赤裸々(?)に綴られていることにいたく感銘、共鳴しました。
 人文社会科学であっても研究論文には研究の結果客観的に証明されたことだけを淡々と書くべきだと考える人もいるだろうとは思いますが、私は(自分自身にそういう癖があるので)児美川氏のように(あくまで論文の中にではなくその前や後で、だと思いますが)「自分語り」を織り込んで研究過程を示されるスタイルの叙述が好きです(もしかしたら児美川氏は、いやそういうつもりで本書を書いていないと言われるかもしれませんが)。

 さて本書の内容について、まだ私は十分に咀嚼できていない段階ではありますが、「第4部教育改革のゆくえ」を中心に今後学びを深めていきたいと思っています。本書を全体的に学び深めることができていない時点での以下の意見・問いは《なんくせ付け》にならないかという危惧はあるのですが、この「読書ノート」の時点では一点だけ問題提起して、今後学び続けたいと思います。
 それは本書の副題にも、3章の副題にもある「生き方コントロール」、あるいは3章本文中にある「生き方教育」についてです。
 3章「学校の『道徳化』とは何か ──新学習指導要領に透けて見える、『生き方コントロール』の未来形」の「1 『道徳化』する学校教育の全体像」において、児美川氏は「学校教育の『道徳化』は、主要には二つのアプローチに沿って推進される。」とし、第一のアプローチとして「特定の規範や価値観を子どもたちの内面に植えつける『規範の内面化』」について、第二のアプローチとして「規範や価値観を直接的に教え込むのではなく、学校での学習を通じて、子どもたちに将来の生き方を探究させつつ、それを特定の方向に水路づけたり、許容範囲内におさめることを求めるもの」を挙げて、この第二のアプローチについて、「言ってしまえば、『広義のキャリア教育』であり、学校の教育課程の『生き方教育』化でもある。」(P.71-73 但し私のKindle操作では引用した箇所が原書のどの頁にあるのか正確に読み取れないため、ペーパー版とズレがあるかもしれません。以下も同じ。)としています。
 さらに児美川氏は続いて「生き方教育」・生き方コントロールについて次のように述べています。

 さらに児美川氏は同章「4 『生き方教育』アプローチの起点」の冒頭で「『生き方教育アプローチ』の出発点」について、こう述べています。

 児美川氏の「生き方教育」批判について他の文献があればそれも含めて正確に把握する学びを経ないままで以下のことを述べるのは、《難癖》の誹りを免れないと思いつつも、難癖ではなくて研究上の意見交流のきっかけとして、また上記引用と同じ時期について別の活動から研究してきた一教育学研究者として、素朴な疑問を呈したいと思います。
 それは、児美川氏の「生き方教育」についての一連の論述の中に、なぜ「生きる力」という言辞が登場しないのかということです。
 私はかつて『「生きる力」論批判』(三重大学出版会 2019)という著書を公刊しました。出版社との契約で250部しか作成してもらえず、うち200部近くを自分で買い取って知人に謹呈・販売しましたので、書店教育コーナーにはほぼ並ばず(大阪の紀伊國屋で見たという報告を1件だけ知人からいただきました)、Amazonでは公刊間もない時期から定価の2倍近い扱いで表示されていましたので、ごくわずかな方の目にとまっただけであり、仮に児美川氏がご存じなくても当然のことです。
 自著の普及範囲のことはどうでもいいのですが、ここで私は第7(小中)・8(高)期学習指導要領のベースとなった1996年中教審答申で初めて登場した教育目標としての「生きる力」について検討し、さらに2003年・2008年・2016年中教審答申も含めて追跡して批判的に検討しています。現行学習指導要領のベースとなった2016年答申では、メインのkey wordの位置は「資質・能力」などにゆずっていますが、「生きる力」の語はしっかり生き残っています。児美川氏も分析されている内閣や経産省と文科省のせめぎ合いの中で、次の学習指導要領改訂においてはどうなるわかりませんが、現状では生き残っていると言えます。
 児美川氏が批判的に検討されている「生き方教育」「生き方コントロール」と私が関心を持ってきた「生きる力」とは、教育政策上の流れとしてはもしかしたら別筋のことなのかもしれませんが、「生き」まではいっしょという言葉尻にこだわるならば、関係があるかもしれません。私は既に専任大学教員を退職していて、今後「生きる力」をその終焉まで見届けて自著の続編を出すということはできないと思いますが、自分の研究歴にこだわりつつ児美川氏の研究からさらに学びたいと思っています。

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