82 2026年度前期京都女子大学「教育課程論」受講生の小レポートへの佐藤のコメント集

  2026.8.18に京都女子大学前期「教育課程論」の最終レポート通読・コメントと37名の受講生への成績通知作業を終了し、そのことについてFacebookに投稿しました。その後その投稿文を本ブログに「81 【アーカイブ24】」として収録しました。それに続く本投稿との関係で必要と考えたからです。

 本投稿は、私の1983年度以来44年間の大学教師生活でやったことのない試みです。前期「教育課程論」全15回のうち第14回までの毎回、受講生に小レポートを学内システム(京女大LMS)に投稿してもらい、私からも次回授業までに一人一人の小レポートにコメントを投稿してきたのですが、そのコメントの抜粋集です。

 なぜその作業をしたかというと、全37名中の投稿者(毎回30数名)に対して毎週それなりに時間をかけて届けてきた担当講師としてのメッセージを、自分でレビューしてみたくなったんです。
 「81」で紹介したように、私が担当している京女大「教育課程論」では、開講当初に受講生に対して毎回提出する小レポートや時々要求するグループ討論記録などを中心にしたポートフォリオ(学習過程の記録)を蓄積していくこと、それを最終レポートの第Ⅰ部として収録することを要求しています。基本はcopy&pasteで済む作業ですが、それをどれだけの受講生が毎回の授業後に行なっているかはチェックしたりしてません。最終レポート作成時にあわててまとめて作る受講生もいるかもしれません。しかしいずれにしても少なくない受講生が、ポートフォリオを作成することで授業開始当初からの自分の学びの広がり、深まりを実感できて有意義だったという感想を最終レポートに記載しています。

 私自身はかつて三重大学教育学部在職時代に「教育課程論」授業で《第Ⅰ部ポートフォリオ+第Ⅱ部総括的な設問》というスタイルの最終レポートを課すようになった当初は、80~100人前後✕2~3コマの「教育課程論」を担当していたこともあり、1人の最終レポートの通読時間は20~30分で、第Ⅰ部ポートフォリオについては(そこに収録されている小レポートは授業期間に既に通読・コメントしているものなので)ざっと流し見(^^;)するだけで、末尾のポートフォリオ作成の振り返りの部分だけを読んでいました。
 一方京都女子大学「教育課程論」は2020年度以来今年で7年度目の担当となりますが、近年は30人台~50人前後✕1コマの受講生規模で、授業期間終了後の最終レポート通読・コメントもそれなりに時間的余裕があるので、第Ⅰ部についても各受講生の各回の小レポートとそれへの自分のコメントを丁寧に読んでいます。
 毎回の授業では討論グループ別にLMSに投稿される小レポートを順番に読んでいくので、その回の受講生が全体としてどのようなことを考えたのかは把握できますが、各受講生の毎回のレポートを追跡していくような時間的余裕はありません。最終レポートのポートフォリオを読むことで、受講生本人がそうであるように私もまた一人一人の受講生の思考の流れ、学習履歴を把握することができます。
 毎回の授業に提出される小レポートを読む際に、(ほとんどの回にその日任意に形成したグループで討論を行ないそれを踏まえて授業後に小レポートを提出してもらうので)同一のグループのスレッドに提出された数名のレポートでは関連する論点が出されていたりします。そうすると私のコメントも「〇〇さんへのコメントでも書いたのですが…」で始まったりします。しかし、グループを越えると「あれ、さっき誰かに似たような論点でコメントしたなあ」と思っても、いちいち既読の小レポートを調べ上げたりまではしません。

(ちなみに下記からわかるように私が出す小レポート課題は資料を読んでグループ討論を行ない、自分の経験も振り返りながら意見を書くというスタイルのものがほとんどで、そういう課題でもチャッピー君の助けを借りて書く受講生がいるのかいないのかわかりませんし、チェックしようとも思いません。AIに書かせたものを自分の学習成果として提出する学生がいたら、それはその学生自身の問題だと思っています。)

 そんなこともあって、毎回それなりにがんばって書いている受講生のレポートへの私のコメントを、全体として集約してみようと考えました。
 但し。まずコメントの前提となる受講生のレポートについては、授業中はLMSで受講生が相互に誰でも閲覧できますが、個人情報を含むのでここには掲載しません。私のコメント内で援用している部分のみ、匿名で紹介しています。
 また私の毎回約30数名に対するコメントを全部収録するわけではありません。実は受講生の最終レポート第Ⅰ部を読む際に、受講生のレポート記述のおもしろい部分には下線を引き、自分のコメントのおもしろい……というのも変ですが、自分なりに大事なことを書いていると思う部分に水色網掛けをしておきました。その網掛けの部分とその前後の文章を以下に収録しました。
 本来なら、どんな授業を実施した後に小レポートを書いてもらったのかを説明しなければなりません。授業内容は毎回発行している授業通信でわかるのですが、しかしそれを収録すると膨大な情報量になるため、以下には毎回のシラバス項目小レポートの課題文のみを収録しました。
 自分自身のための備忘録としての意味以上に読者の方にとって意味ある情報なのかどうか、自身はないのですが、とりあえず公表させていただきます。


第1回(2026.4.10)
第Ⅰ部 「枠組」としての教育課程 (1)
1.教育課程の定義(各種)と、佐藤自身の定義
2.教育課程に関する政策文書抜粋(第2期学習指導要領・1998教課審答申・2016中教審答申)
3.学習指導要領の「初心」=第1期(1947年版)一般編
小レポートNo.1課題
資料07学習指導要領一般編(試案)(1947年版)「序論」 を読んだ感想
 ・グループ討論で出た意見も紹介しながら。
 ・もしも資料06の「序論」以外の部分を読んで「序論」だけではわからなかったことを 新たに発見したら、それも書きましょう。(あれば、です。義務づけません。)

いまの時代の子どもたちの場合と戦前戦中の子どもたちの場合で、学校教育から受ける影響は相当違うでしょうね。現在の学校教育の子どもたちへの影響が小さいかどうかは議論があるでしょうが、ネットひとつ取っても学校外の生活の影響で学校教育の影響力が相対化されるということはあるだろうと思います。子どもにとってそうした外部環境がなく、かつ社会全体が戦争へと突進してそれを批判否定すると厳しく弾圧されるような時代にあっては学校教育の影響力は相当大きかっただろうと思われます。

混乱した社会の中から新しい学校教育を立ち上げるために、当然統一性のある方針が必要だったとは思います。ただ、その統一性とは、全国で新教育のために努力しようという呼びかけであったにしても、敗戦までの権力的画一的な教育方針の反省に立ち、そうではない教育の実現をめざそうとしたものであり、ここに様々な難しさもあったと思います。

最初の学習指導要領が出されるまでに敗戦から1年半。その間、軍国主義的な教科・教科書記述の排除とか戦犯教員の追放とか否定の措置はいろいろとられましたが、《だったら新しい教育をどうするのか》がまだスタートしていませんでした。また戦前天皇制国家の国家権力は解体されたものの天皇の地位は温存され、そのことは「序論」にも反映しています。いろいろな矛盾を含みつつも一歩踏み出した学習指導要領であったと言えます。

確かに戦前戦中の学校教育では「大人が一方的に決めた価値観や偏った考え方を押し付け」ており、その弊害は大きいものがありました。しかしその「大人」とは誰なのか? 確かに直接には教師であり、また親であったと思います。彼らにも責任はあります。しかし戦前国家の頂点は天皇であり、天皇をいただく軍国主義政府が戦争へと国民を動員していきました。このことを現代においてどう教訓とすればいいのかを考える必要がありますね。

「序論」はそれまでに(戦前戦中の)教育は「上からきめて与えられた」と書いているのですが、「上」とは何なのか、つまり天皇の存在ということを全く記述していません。戦前国家の主権者は天皇であり、戦争遂行の最高責任者も天皇です。最初の学習指導要領は教育の民主主義的改革に大きく舵を切った点では高く評価してよいと思いますが、国民を弾圧し戦争に駆り立てた天皇制軍国主義国家の責任には言及していません

戦前までの日本の学校の教育課程についてこの授業で詳しく触れることができませんが、明治末期以来敗戦まで教科書は国定教科書のみで教師に選択の自由はなく、また教育方法も「教師用書」によって決められていました。この状態から一転して教師の指導の自主性を承認するとなると、確かに〇〇さんが言われるように教師の負担は大きいし、指導力量をつけるための専門職としての研修も重要になってきたと思います。戦後の荒廃し疲弊した社会にそれを行なうだけの力があったかどうか、ですね。

戦前戦中の画一的教育は国家によって協力に推進されたものでした。戦後の教育について国家統制がないかと言えば、また新たな国家統制が行なわれていることを次回以降の授業で学びますが、それはそれとして、戦後の 2010-20 年代の学校教育を受けた〇〇さんが一方的な教育と生徒の活動参加を尊重する教育の両方を体験されたということは、《画一性》というのは社会全体のシステムで決まる場合だけでなく、個々の学校・学級の教師-生徒関係においてもきちんと検証していくべきことであることを示していますね

戦争から敗戦へ、それに伴う社会と学校教育の混乱、転換、その中での教師と子どもたちの困惑……こうした事態が日本に二度と起こることがあってはならないと思いますが、世界を見ればそれに類するような事態は現在でも各地で起こっていますね。それらの早期解決を願いながら、日本に生きる教師も、《これまでの日常があたりまえでなくなってしまう事態》は自然にせよ社会にせよ起こらないとは言えないということを仕事を進める上で念頭には置いておく必要があります

「考えを植え付けるための教え」、だめですよねえ。現在の大学は学問の府であり、学問の自由、思想信条の自由が保障されているということで、私も一講師として自由に自分の考え方を述べていますが、学生のみなさんに《私と同じように考えなさい》という《指導》は絶対にしてはいけないと考えています。

⚫「工夫」はとても大事です。教師の仕事の重要なキーワードと言ってもいいと思います。敗戦後から80年を経た現在の日本で学校教育における「共通の方針」がどのように機能し、その中で教師はどうすれば「工夫」して実践できるのか? 難しい課題ですが考えてみてほしいです。

《同じ=公平》ではない、ということは、例えば特別支援教育全般や、あるいは障害のある子どもを普通学級に受け入れてどう処遇するかなどを考えるとすぐにわかるのですが、障害の問題などをひとまず横に置いて学級生活を考えるとき、《同じ処遇をしないこと=不公平》という発想は子どもたちも持っているし、教師の中にもあると思います。《学校教育において「公平」とはいったいどういうことなのか?》というのは、簡単に解けない重要な問いだと思います。

「火垂るの墓」、壮絶な作品でしたね。戦前教育は子ども=少国民を戦争へと動員しようとしましたが、空襲で親を失い家も失ったような子どもたちは、《戦力外》ですからね。社会は養ってくれないわけです。戦争推進の社会の中で弱い存在である子どもたちがどう扱われるのかを如実に示していました。


第2回(2026.4.17)
第Ⅰ部 「枠組」としての教育課程 (2)
4.「初心」はどのような経緯で生み出されたか?―戦時下の学校教育とその改革―
小レポートNo.2課題
社会の支配的価値観が根本的に転換した敗戦直後の社会を生きた野中一也さんや永井健二助教の混乱や苦悩の一端を知ったことについての感想(自分のグループでの意見交換も紹介しながら)

90歳を越えられた野中先生の、そのお父様が戦時中や敗戦後にどのような心情でおられたかを詳しく知ることはできませんが、〇〇さんがおっしゃるようにお父様が通信技師として知り得た戦争に関する情報を他に漏らすことは厳重に禁じられていただろうと思います。推測ですが、お父様としてはさまざまな忸怩たる思いがあり、幼い息子にはその一端を漏らされることもあった、ということではないでしょうかね。

17歳の助教、というのは当時の教育制度下で認められていたことではあるのでしょうが、戦争末期なので多くの青壮年男性が戦地に行かされる一方、国内の、例えば学校教育制度を維持するために資格も持たない若い青年が動員されなければならない、《教わる側ではなく教える側》に立たなければならなかったわけですね。このこと自体が社会の大きな歪みであったと思います。

「鬼畜米英」であったアメリカが占領軍としてやってくることは国民に大変な不安をもたらしたと思われ、永井先生たちの職員室の会話にも流言飛語を含めていろいろな情報が飛び交っていました。一方野中さんがお父さんを通じて米兵と交流する機会を持ち、親しみとか差別への罪の意識も持つようになったというのは、当時の日本人としては少数例かもしれませんね

永井さんの日記からは子どもたちに対する教師としての責任をどうとるかに悩む姿が感じられますね。一方、8月20日の日記によると同僚の金村先生は、「責任? おれだってそう教わってきたし、政府がそういってきたんだ。一教師の責任なんかねえよ」と言っています。開き直る教師もいたんですね。もちろん、これだけが金村先生の本心かどうかはわかりませんが。

永井さんのような一教師が勝手に《戦争は正しい。戦争には勝つ。》と信じ込んでそれを個人的判断で子どもたちに教えていたわけでは決してない、ということは、誰もがわかっていたと思います。しかしまた、永井さんという一人の人間が、国民学校3年生の男子児童たちに、《戦争は正しい。戦争には勝つ。》ということを教えた事実も消えないわけです。金村先生のように「一教師の責任なんかねえよ」と開き直る人もいましたが、永井さんのようにそれはできなかった人もいるんですね。

いろいろ矛盾を抱えつつも子どもたちへの責任を自覚し、そのことについて子どもたちにも語る永井さん。「責任なんかねえよ」と開き直る金村先生。しかし日記のいろんな箇所を読むと、だからといって永井さんと金村さんは敗戦の受けとめ方、これからの生き方で決定的に対立していたわけではなく、同僚として交流しながら乗り切っていこうとしていたようです。

もちろん教師にもいろいろな人がいるでしょうが、人として教師として誠実であった永井さんは、天地がひっくり返るような混乱状況に自分も置かれながらも、それでも子どもたちに何かを語らなければならず、いっしょに前に向かって進んでいかなければならない。だからこそのあのような認識のありようだったのかもしれませんね。

⚫永井さんの教師としての認識には、現代から見れば私が授業通信第2号で指摘した体罰の問題のように誤りを含んでいる場合はあります。しかし、敗戦からわずか半月の時点でそれまで戦争推進の片棒をかついできた教師が何を考え、子どもたちに向かって何を言えるのかを思えば、永井さんの姿勢は基本的に真摯なものであり、好感を持ちます。

⚫国民学校3年生の子どもたちを前にした永井先生の反省の弁は、複雑なものですね。先生は子どもたちに対して「戦争に勝つ」と教えたことが実際の結果には反しているので、「嘘」「間違ったこと」を教えてしまったと謝っています。同時に、結果はそうであるけれども、戦争中に自分は噓だとわかっていて本心と違うことを教えた(戦争に負けるだろうと思っていたのに勝つと教えた)わけではないと弁解しています。その時はその時で正しいことを信じて子どもたちに向き合ったのだと。だからこそそれが間違いだと判明した苦しさがあるのでしょうが、その時の《信念に基づく行動》を永井先生はまだ自分自身で自己否定できないんでしょうかね。

私の推測ですが、敗戦までの日本は天皇の権力・権威が絶対である社会でした。その天皇が8月15日正午に全国民に向かって終戦を受け入れると宣言したわけですから、人たちは驚き混乱したにしても結局は《天皇陛下がおっしゃるのだから終戦を受け入れざるを得ない》と判断したのではないでしょうか。永井先生もそうだったと思うのですが、しかし子どもたちは違った、ということですね。

⚫子どもたちが敗戦から半月たった時点でも戦争の正しさへの信念を捨てられず、復讐を誓っている、この《思想》の根強さはいったい何なんでしょうね? 今の子どもたちも、学校の教師や親のみならず友人やテレビやネット情報やその他さまざまの情報等の影響を受け、それに大きく左右されながらものごとを考えてはいるでしょうが、《全員、あるいは多数が同じ方向にものを考える》ということはないと思います。しかしSNSの影響もある中、「子どもたちが同じ思想的方向に動員されてしまうことは現在では全くあり得ない」とは言い切れないかもしれませんが

我々は永井先生が自分の中に混乱を残しながらも子どもたちに対して戦時中の指導の誤りをわびるその誠実さに注目したりするのですが、子どもたちにとっては戦時中にたたき込まれた戦争推進の教育の《正しさ》が戦後のある一日の教師の謝罪によって簡単に帳消しになったわけではないんでしょうね。

大人は戦争に負けたことを受け入れようとしている。しかしまわりの友だちの多くは《悔しい。次は勝つ!》といきまいている。そういうまわりの空気に逆らうわけにはいかないと考えた子どももいたのではないか、ということですね。それはあり得ることだと私も思います。

学習した資料だけでは検証できませんが、敗戦直後に《かたきを打つ》と言っていた子どもたちがその後の社会の中でどう変わっていったのか、興味があります。

社会的背景が全く異なるのですが、たとえば東日本大震災の地震と津波によって地域社会の多くの人びと(子どもたちを含む)の命が失われ、家が壊され流れて避難所生活を余儀なくされている人がいっぱいいる中で、それでも学校を再開することになったとき、いったい教師は子どもたちに何を語ることができたんだろうかということを想像します。「生きていてよかったね」ということは実感としてあったでしょうが、その背後に多くの人の死や生き残った人の生活困難があるときに、おそらく一つの言葉を子どもたちにかけるにも逡巡があったのではないかと思います。
 敗戦や震災、こうした事態はあってほしくないことながら、現実には起こりうる災厄です。その時教師はどうするのか? 考えたくないけれども、考えておく必要があることですね。


第3回(2026.4.24)
第Ⅰ部 「枠組」としての教育課程 (3)
5.学習指導要領の「変節」=1950年代以降現在に至る「法的拘束力」の強制
6.(討論)そもそも教育課程に「全国基準」は必要か?
       仮に必要だとすると、それに「法的拘束力」は必要か?
小レポートNo.3課題
教育課程の「全国基準」の是非、及び「全国基準」の「法的拘束力」の是非に関するグループ討論を踏まえての、現時点での私の意見(討論前と変化した点があればそのことにも触れる)

「学びの自由」、とても大事ですね! 決められた内容を決められた方法で決められた時間内にこなすことは、私は「学び」ではないと思います。まさに〇〇さんが言われるように「勉強だけしている状態」になってしまいます。《強制》のニュアンスが強い「勉強」の枠を打ち破って《こんなことが知りたい!》《わかったことがうれしい!》と実感できるような子どもの学びをどう実現するか。子どもに対面している教師はもちろんですけど、文科省もこのことを真剣に考えるべきだと私は思います。

多くの人のレポートで、教師が目の前にいる子どもたちの実態に合わせて教材や指導方法を工夫することの必要性を述べています。そのことと《全国の子どもたちが同じ内容を学ぶことが公平》という考え方は果たして整合するのか?ということを考えてみる必要がありますね。

⚫〇〇さんが「どこでも最低限同じ内容を学べるようにする」と表現している部分が重要だと思います。そうなんですよ。学習指導要領という《法的拘束力》を持つ《全国基準》によって全国の学校の教育課程を統一すると、全国の子どもたちは「最低限同じ内容を学べる」とは言えます。しかしそれは、本当に《公平》《平等》なのか?

小中高で使用される教科書は文科省の検定を経た検定教科書で、現実には教師(や子どもや親)が自由に選べるわけではありません現実の検定教科書の内容は学習指導要領に拘束されているので、学習指導要領に掲載されている内容項目は全て教科書に掲載されていますが、何社かの検定教科書を比較してみるとわかりますけれども、同じ内容の単元でも社によって1年間の中でどこに配置されているかが違っていたりします。ここからは私の推測なのですが、複数の社の教科書の同じ内容の単元でも、配当時間が全て同じとは限らないと思います。もし機会があったら複数の社の教科書を見比べてみて下さい。

全く学習指導要項を無視してしまうと教員それぞれ自由に行なってしまい偏りや誤ったことなども起こりかねないかどうかについては、(架空の話になってしまいますが)もう少し検討の余地があるのではないでしょうか。つまり、教師相互の意見交換や協力、そこでの相互批判や切磋琢磨によって教育実践を改善するという可能性もあると思うのです。

教師の指導において「学習の軸」は必要。しかしそこに「法的拘束力」をかけて強制すると教師は萎縮して「型にはまった授業ばかりを実施しそう」だという〇〇さんの懸念は、残念ながら学校現場の中における現実となっています。これを変えていくことは難しいんですが、責任と覚悟が必要であるものの「学習の軸」を上から降りてくるものとしてではなく教師相互の協力で創り出していこうとする気概が求められるんじゃないかと私は思います。

ちょっと特殊な例かもしれませんが、たとえば小学校4年国語「ごんぎつね」の単元で、1組の先生と2組の先生とで授業の中で作品のどの部分を重点的に取り上げて討論したか、その重点が違った場合、1組の子どもが「ページのことをうんと討論したよ」と言い、2組の子どもが「うちのクラスではページの討論でもりあがったよ」と学習経験を交流したとしたら、それはそれでおもしろいと思うのですが、どうでしょう。文学作品は芸術だからどのクラスでもどこを取っても同じ解釈で学習するのではおもしろくないように思うのですが。

「全国で統一するべき」と考える場合のその理由について特に触れられていませんが、よく言及されるのは入試における有利不利の格差だと思います(この点については授業通信第4号でも述べます)。ただ、入試ということを横に置いたとしても、《義務教育である小学校・中学校の教育では特に、全国の子どもたちが学習することが不統一であるのはまちがっている》という考え方もあるかもしれません。そこをもう一歩踏みこんで《なぜ不統一だとだめなのか》を考えてみることも、特に大学での学習においては大切だと私は思います。

教科・領域の配当時間数を統一すると指導量が統一されるというのは(教師の個人差を考えるとそうかな?とは思いますが)まだわかるのですが、それによって学習する側の子どもたちの「理解度」が統一されるかというと、それはどうかなと思います

「全国共通の基準がある」と「最低限必要な学力」は「確保される」のかどうかの検証が必要だと思います。

空想的な考え方かもしれませんが、例えば同一教科の名称にばらつきがあることで子どもたちに混乱を生じる危険があるのであれば、全国の学校・教師の協議によって適切な統一的名称を定めることもできるんじゃないかと思ったりします。霞ヶ関の文科省からの号令一下という方がことが進むのが速いとはおもいますが、 速く決めることが最適なのかどうか、ですね。

⚫「習った、習っていない」問題については授業通信第4号でも取り上げますが、そのことが《不公平だ》として問題になる大きな理由は都道府県立高校の入試や大学の共通テストじゃないでしょうか。では、(あり得ないこと!と一蹴されそうですが)そうした統一入試が日本社会からなくなったら、それでも《同じことを学習しなかったこと》は子どもたちの人生にとって不公平なことでしょうか?

⚫〇〇さんの目標に柔軟性を持たせるべきだという考え方はとてもおもしろいし、それは少なくとも小学校・中学校では現実性を持つ考え方だと思います。実際には学習指導要領のもと、子どもたちは同じ目標に向かっての学習を強いられている場合が多いのですが、しかし目標を達成したかどうかが(高校の場合と違って)学校の教育課程を通過する条件にはなっていません達成していなくてもそのまま次の学校、学習段階に進めるわけです。ならばなおのこと、統一された学習の目標を掲げ続けることに意味があるのかなと私も思います

日本の学校教育は基本的に《一斉行動》が原則で、そこに適応してついていけることも子どもたちに課される目標の一つになっていると思います。しかし、ある一つの学習活動についても、課題の理解、行動の見通し、実際行動の速度……等々は一人一人の子どもによってみな違います。さらに言えば、子どもたちを見守り導く教師の行動の内容もそのテンポも一人一人同じではないと思います。そうした一人一人の個性の違いを包容できる寛容性が学校に求められると思います。

私は思うんですが、学校教育の中には各学校・教師・子どもが自由に多様に取り組むのがよいこと(例:子どもたちが休み時間に何をして遊ぶか)と、子どもが共通に経験し獲得することが望ましい(あくまでも「望ましい」であって現実はそう甘くはないが)があり、また《共通に獲得させたいこと》についてもそれを決めるにはいろいろな方法があって、霞ヶ関から文科省が強制的命令を下すことが唯一の方法ではないはずです。

京都女子大学でのみなさんの学生生活もそうですし、社会人になっていろいろな人と出会ったときにもそうだと思うのですが、違う地域・環境で育ち、違う経験をして、違うものの考え方や感じ方を持つ人と出会い交流することはとても貴重なことだと思うのです。でも学校で学習した内容についてはそうではないのか?(もちろんテストや入試の問題を無視して述べていますが)


第4回(2026.5.8)
第Ⅱ部 教育課程の地域への拡張 (1)
7.「法的拘束力」の例外としての「総合的な学習の時間」
8.岸本清明氏(元兵庫県加東市小学校教諭)の「東条川学習」(1998-2001年度)から学ぶ
小レポートNo.4課題
資料19の岸本清明先生の環境総合学習(「東条川学習」)についての感想・質問

(この回の小レポートは岸本清明先生に送付し、岸本先生から各受講生宛に丁寧なコメントをいただきました。)


第5回(2026.5.15)
第Ⅲ部 根底を揺さぶられる教育課程 (1)
10.東日本大震災被災地の子どもたちと教育課程
 10-1.制野俊弘『命と向きあう教室』(2016)から学ぶ

小レポートNo.5課題
『命と向きあう教室』VTRを視聴して考えたこと(グループ討論で出た意見も紹介しながら)

子どもたちにとって、本来家庭も、また地域社会も、そして学校も「居場所」であってほしいですが、震災で地域が大きく破壊され、家族を失った子どもたちも多い中、学校の「居場所」としての役割は大きくならざるを得なかったと思います。教科の学習はもちろん大切ですが、地域社会が大きく破壊されたている状況でかろうじて生きている子どもたちにとって、当面最も大事なことは《テストの点数を上げること》ではなかったはずです(実際には宮城県教委はそういう「日常への復帰」に固執していました)

思春期の揺れ動く人生の中では、自分は何を思って何に傷ついているのかを見つめなおすということは大事なんだろうと思います。しかしそうやって自分を見つめることが他者に自分をひらいて交流することとうまく結びつかない場合もあると思うのです。制野先生の授業での指導や亜美さんのような生徒個人との向き合いは、そこを丁寧に繋いでいこうという試みだと思います。

「震災の話がなんとなくタブーになってそれが『なかったこと』になる」という状況は、鳴瀬未来中の子どもたちや地域の大人の間だけではなくて、第7回で学習する同じく東松島市の雁部さんたちが生活していた矢本第二中の地域でも起こっていたようですね。なぜそうなってしまうのか。当事者でないとわからない面があるとは知りつつ、検討する必要があると思います。

生徒の作文を紹介してもなかなか他の生徒から感想や意見が出てこないとき、制野先生はもう一度持ち帰って感想を書いてくるように指示していましたね。時間がかかる学びです。しかし、時間をかけることが必要なのだと思います。

「命は美しい」という言葉を、それだけ切り離して聞くと、それこそ「きれいごと」に思えてしまうかもしれません。しかし、目の前で家族を失い、助けることができなかった佑麻君が、亡くなった命、生きている命を考えながら「美しい」というその言葉には深い重みがありますね

「命に対して心無い発言をする人」が多い現状に対して、〇〇さんが「そのような発言をしているのを聞くのが苦手」ということは、とても大切ではないかと思います。世界の中で人間の命を脅かすような状況の中で生きている(日本の被災地や、ガザ、ウクライナなど)人がいる一方、そうした状況を知らなかったり、知ろうとしなかったり、冷ややかに眺める人がいる。それはしかたのないことなのか。経験するまで実感できないことなのか

⚫体育祭の場面での亜美さんの発言。この時点では生徒会のリーダーでもある亜美さんは、振り返って語ると言うことができない過去を自分の中に抱えていたんだと思います。そこから、制野先生の働きかけもあって、ただ過去を忘れるのではなく経験を受け止めた上で前へ進もうとする姿勢へと少しずつ亜美さんは変わっていったんじゃないでしょうか。

文字・言葉・文章というコミュニケーションの媒体が持つ意味は、SNSが異常に発達してしまった現在ではかなり変わってきてしまっているかもしれませんが(対面の対話以前に言葉が飛んで行き、飛び交う)、2015年時点での制野先生と子どもたちの関わりの中では、手書きの文章がとても重要な役割を果たしていますね。制野先生が亜美さんとの語り合いの中でクラスの男子の作文を見せながら「字きたなくて読めないかもしれないけど」と笑うところ。亜美さんが先生から預かった、(おそらく先生が引いた)アンダーラインがいっぱい入った一人一人の作文を読むところ。手書きの文章がLINEでは味わえない役割を果たしていると思いました。

考え学ぶ「プロセス」の大切さを思います。最初は語れない、語ろうとしない生徒たちが多かったんだろうと思うんですね。6回に及ぶ「命の授業」、その中での先生の代読や生徒自身による作文の発表、話し合い、持ち帰ってまた自分の文章を書くことなどの「プロセス」を通じて、生徒たちは自分と向き合い、仲間と向き合い、先生と向き合い、震災と向き合っていったんだろうと思います。

制野先生たちは、震災で傷つき、悩み、苦しんでいる生徒たちに対して《教師が正しい道を示す》という指導をしていません。実際には教師も被災者であって、自らも悩み苦しんでいたと思うんですね。制野先生が自身の被災体験を生徒にどのように語られたかはわかりませんが、《生徒に聞く》《生徒どうしが聞き合う関係をつくる》ということはとても重視されていたと思います。

制野先生は(少なくとも番組を見た範囲では)《震災からの復興のためにみんなこうしよう!》ということを力強く提起する、というような子どもたちへの働きかけ方ではなくて、いま思っていることを率直に書いてみよう、書いたものをかまわなければみんなに伝えてみよう、伝えられてどうリアクションしたらいいか悩むこともあるだろうけど、さらに考えたことを返してみよう、というようのコミュニケーションを促す役割を果たしていますね。その中で佑麻君の作文の「ここがよかった」とか「震災があったから佑麻と会えた」とか、また佑麻君が「亜美さんの夢にお父さんとお母さんが出てくると言うけど夢でも会えたらいいんじゃないか」と言葉をかけるとか……その一つ一つの言葉の是非とかじゃなくて、クラスの友だちのことを思って言葉をかけているということ自体がすてきだなと思います。

言語化の作業は、生徒たち自身が自分に向き合い友に向き合いながら成し遂げていったものですが、それを支援する制野先生をはじめとする学年教師団の力も大きかったのではないかと思います。亜美さんが夢の中のお父さんお母さんに手を伸ばそうとしても届かないのに伸ばし続ける自分が嫌だと書いたことに対して「手を伸ばしてもいいんじゃないかな」と声をかけた制野先生を尊敬します。

制野先生も基本的にはそうだと思うのですが、子どもに寄り添うこと。寄り添うと言ってもいつもいっしょにいるわけではなく、学校での教師と子どもの個別の交流の機会は限られますけど、「親や兄弟など身近な人物をなくした子たち」が例えばお葬式を終えて学校に登校したら、あれこれ気持ちを詮索したり無理に元気づけたりするのではなく、まずはその子の言葉を聞いてあげること、なにかいっしょにできることはないか(運動場で遊ぶのでも本を読んであげるのでも、他愛のない話をするのでも、なんでも)模索すること、要は《いっしょにいる場を持つこと》ではないでしょうか。その子がそういう働きかけを望まないようなら、しばらく遠くから見守ったり、その子と親しい子にそれとなく様子を聞いたり

「それぞれが抱えている悩みや思いを周りの人に打ち明けることは相当な勇気がいること」と〇〇さんは書いておられますが、そうなんだろうと思います。クラス全員のいるところで自分の思いを話すことは難しくても、親しい友だちに対してなら話せるだろうとも思いますが、しかし震災後の状況の中で、もし親しい友だちが家族を失っていて一方自分の家族は幸い無事だったりすると、気軽の話しかけられないということも起こるだろうと想像します。

鳴瀬未来中の事例から教育課程における学校のオリジナリティーの重要性を読みとられたのは鋭いと思います! 私自身もそのような視点で見てはいませんでした。悲しんでいる人、苦しんでいる人に安易に共感することはできないというのは確かにその通りだと思います。ただ私は思うのですが、亜美さんが制野先生に自分の苦しみをともに訴えることはその人の負担になってしまうのではないかというようなことを語っていましたが、そこには言外に《自分をわかってほしい》という気持ちも滲んでいるのではないでしょうか。問題は、苦しんでいる人をより傷つけることなくその人の心の内を語ってもらうことができるかだと思います。なかなか難しいことですね。

菜穂さんは震災の時どういう状況だったんでしょう。わかりません。もしかしたら、ですが、震災後に被災地外から転入してきた子どもなのかもしれませんね。被災して苦しんでいる友だちに(わからないから)共感してあげることができない、共感してないのにしてるふりをするわけにはいかない、ということで菜穂さんは苦しんでいます。でも、そのことをみんなの前で自己開示したことはすごいなと思います。授業の後に友だちは菜穂さんにどのような言葉をかけてあげたんでしょうね

⚫菜穂さんの作文発表、印象的でしたね。敢えて異色のとらえ方をした生徒の意見も紹介するという番組側の意図もあったかもしれません。でも、菜穂さんが共感できなくて苦しむ自分のことをみんなの前で発表できたことはすごいと思うのです。菜穂さんの作文を佑麻君や亜美さんや蘭さんがどう受けとめたのかも知りたいですね。

制野先生の丁寧なあたたかいはたらきかけもあって、閉ざされていた自分の心をクラスメートに対して開いた生徒もいた一方、そうした自己開示を聞いても自分のこととして考えられないと苦しんでいる生徒もいました。でもその苦しい気持ちをみんなの発表したということも、とても大事なことではないかと私は思います。

最後に卒業式の場面が出てきましたが、鳴瀬未来中の2014年度3学年担任団は、3年生の春から一年後の卒業までを見越しながら(もちろんはっきり見通しがあったのではなく試行錯誤だったと思いますが)、ゆっくりと時間をかけて生徒たちに自分と向き合い、友と向き合い、震災と向き合う機会をつくっていったんじゃないかなと思います。

社会に出てしまえば、「辛くて辛くてどうしようもない時、周りを見渡せば手を差し伸べてくれる人がいる。」という状況に残念ながら遭遇できない人もいるでしょう。そういう中で命を絶ってしまう人もいるかもしれません。鳴瀬未来中の子どもたちが、小学校から中学校への学齢期に震災に遭遇したこと、しかし震災後数年にわたって《敢えてそれについて語ることができない》雰囲気の中で生きてきたけれど、中学校3年時に制野先生をはじめとする学年教師団の努力もあって、自分を語り友と語り震災を語り合う機会を得たことは、幸せであっただろうと思います。

失うことで初めてそのこと/ものがいかに大切だったかを知る、という経験は人生においてあり得ることだと思います。しかし失ったもの、失った命は、取り戻せないわけですね。いくら大切に思っても戻ってこないわけです。そこから前に進んでいくためには、失ったものを大切に心の中に残しながらも、新しい生きがいを求めていくことが必要なんだろうと思います。

⚫〇〇さんはご家族をなくされたんですね。私も高校2年生の時に中3だった妹を病気で亡くしました。亡くなった人は決して帰ってこない。見送った側、失った側の人はその事実を何度もつきつけられながら生きていかなくてはなりません震災そのものを経験していなくても、震災で人やものを失った人のことを自分と繋げて考えるということは、(別に具体的な支援行動とかに参加しなくても)震災を「自分事」ととらえることじゃないかなと私は思います。

 「津波てんでんこ」の言い伝えは、古来何度も津波に襲われてきた東北地方沿岸の人々のある意味冷酷な《生活の知恵》だろうと思います。家族や知り合いのことを思って自分ひとり逃げるということをしなかったら、それこそ家族や集落が全滅してしまう。それぞれの人間が必死に自分が逃げて安全な場所へ避難する努力をしたら、助かる人もいて家族や集落をつないでいくこともできる、という考えでしょう。しかし佑麻君の経験を見ても《自分が助かるために家族を見捨てる》というのは誰でもできることではありません。災害の後に《自分だけ助かってしまった》《家族の代わりに自分が死ねばよかったんだ》と自責の念に苦しむことはよくあることだと思います。

震災発生時に被災地から遠いエリアに住んでいた人たち(私もそうです。三重県津市にいました。)は、被災者ではありません。つまり、震災の「当事者」ではありません。しかし、「当事者」ではない私たちでも、震災を何らかの意味で「自分事」にすることはできる、というのが、震災当時三重大生を連れて何度か被災地を訪問した経験を持つ私の考え方です。もちろん、被災地に足を踏み入れなかったら「自分事」にはできないというわけでもありません

「命」というのは、一般的に学習することも可能ではあるけど、まずは自分のこと。だから「命を学ぶ」ということはどこかで必ず自分を語ること、自己開示につながると思います。従って安心して自分を語ることができない教師-子ども関係や子ども相互の関係の中では、命の生活はおざなりな、表面的なものになってしまう危険性があります。そのことをまずは教師がしっかり自覚すべきですね。

 

第6回(2026.5.22)
第Ⅱ部 教育課程の地域への拡張 (2)
8.岸本清明氏(元兵庫県加東市小学校教諭)の「東条川学習」(1998-2001年度)から学ぶ (続き)
9.教育課程は誰によって担われるのか?(学校から地域へ、視野を広げる)
小レポートNo.6課題
自分自身の「総合的な学習の時間」体験、「東条川学習」実践からの学び、本日のグループ討論を踏まえて、あなたが「総合的な学習の時間」について考えたことを自由に書きましょう。

⚫子ども自身が疑問を持つこと、大切ですね。しかし子どもの疑問とは自分自身から生じてこそホンモノなのであり、教師がお膳立てして《持たせる》のでは、子どもは《先生に動かされている》と敏感に察するのではないか。それでは《やらされている活動》になりかねません。教師は《子ども自身が疑問を持つ学習環境》を整えることが必要ですが、なかなか難しいことです。地域の人たちの力を借りることも必要になりますが、日頃から学校と地域の《風通しのよい環境》づくりを、学校の側から意識的に努力してつくっていかないと、《都合のいいときだけ協力させられる》ということになります。昔の東条川の話をして下さったクラスの子どものおじいさんは、岸本先生からの丁寧なはたらきかけもあって、非常に効果的な協力をして下さったんだと思います。

自分達でも何かできることがあるということ。これを自己肯定感とも社会的達成感とも呼ぶことができるでしょうが、そういう《大人の呼び方》よりも、子ども自身が自分の言葉で「できることがあるんだ」と実感することが重要ですね。一般論として子どもは《未熟な存在》《一人前ではない存在》《庇護されるべき存在》と大人から見なされ、子ども自身もそのことを意識して生活していると思います。しかしその中でも《子どもだって社会とかかわること、役に立つことができるんだ》と実感できるような機会、経験をもつことは大事ですね。大人による子どもの《庇護》には、そういう機会を用意することも含まれると私は思います。

「自分ごと(自分事)」が私にとってもキーワードであることは、授業通信第7号で紹介したとおりです。学習対象や学習内容がどうやったら「自分事」になるのか? 《子どもにとって興味・関心があること》と考えがちで、それ自体は間違っていないのですが、〇〇さんが書いておられるように「次から次へと新たな学びにつなげる」ためには、パッと見興味があることにとびつくだけではだめだと思います。「東条川学習」でも6年生の子どもの最初の興味はミネラルウォーターを飲むことであり、次に銘柄を当てることであったでしょうが、そのミネラルウォーターは岸本先生が東条川の水への着目を模索しながら直感的判断で子どもたちに提示した素材でした。

1998年度東条東小6年の子どもたちは、東条川をめぐる活動を展開する中で「知識」もどんどん増やしていったのではないでしょうか。もちろんそれは教科書(「総合的な学習の時間」には教科書がありませんが、例えば理科や社会科の)に書かれている「知識」ではありません。ですが、総合的学習の実践事例について考える中で、子どもが学び取る《知識》とはいったい何なのか、子どもたちが生きる上で本当に必要であり役立つ《知識》とは一体どんなものなのかについて考えてみてもよいと思います。

児童・生徒が自ら考え行動する力を育てることは、いくら強調しても強調しすぎることはないと私も思います。本来、教科学習でも追求すべき目標だと思います。いったい、《自ら考え行動する》ことに役立たない知識というのは、持っていることにどんな意味があるでしょうか? そこがあいまいなままどんどん教え込みが行なわれるから、《教え込まれた力》が試される入試などを通過し後には速やかに知識が《剥落していく》のではないかと思います。総合的学習が学校教育の全てではありませんが、総合的学習に取り組む中で《生きて働く知識とは何か?》を問い直す教師がふえてほしいなと思います。

自分で課題を見つけ、調べて、考え、発表するという流れの全体が重要だと思うのですが、その中でも自分で課題を見つけるということがとりわけ重要なように思います。ミネラルウォーターを6年生の教室に持ちこんだのは岸本先生ですが、その先の学習プランを明確に描いておられたわけではないと思います。するとクラスで学級崩壊の中心にいた男の子が「3種類のミネラルウォーターの順番を変えてもう一度出せ。オレが銘柄を当てたる。」と言い出しました。岸本先生の予想に反して半数の子どもが銘柄を当てました。ここから学習の劇的転換が起こります。自分たちの舌で《利き水をする》ということで、子どもたちはもう学習課題の発端にたどり着いていたのではないでしょうか。子どもたちは《うまい水》や《まずい水》を飲み分けながら、地域の《水の課題》の世界へと入りこんでいくわけです。岸本先生にとっても偶然の要素もあり、いつもこんなにうまくいくわけではないと語っておられますけれど、この実践も参考にしながら、教師が《側面支援》をしつつ子ども自身が学習課題を発見していくプロセスを全国の先生たちが大いに探求してほしいと思いますね。

学級が荒れて学習が成立しない状況だったところへ、岸本先生はミネラルウォーターを持ちこみました。給食でもない授業の時間においしい水を飲むということ、そして飲んだ水の銘柄をあてること(「学級崩壊」の中心人物だった男の子の提案で)。このことは前後の文脈に関係なく多くの子どもの興味を引いたんではないでしょうか。そこから子どもたちの「水」への関心がどんどん広がっていきます。生活のために欠かせない、否応なく興味を持つであろう「水」から始まって学習がどんどん広がっていきます。すべてを岸本先生が仕組まれたわけではなく、子どもたちの「生活力」(飲み比べて水の銘柄をあてる力)に敬意を払いながら、そのパワーに押されながら、模索の中で学習の新しい局面をどんどん開いて行かれたんだと思います。「東条川学習」は子どもたちと岸本先生の共同作品ですね。

「何を子供に知ってほしいかという教師の力」が必要と〇〇さんは書いておられます。川ガキだった岸本先生には、東条川を対象にした学習をしたいという思いはもしかしたら《崩壊学級》を引き受ける前からあったかもしれませんが、実践の経緯を見ると《東条川(の汚染)について君たちに知ってほしいんだ》というようなストレートな投げかけはされていません。学級での教師と子どもたちの《揉み合い》の中から《川で学ぶこと》《ミネラルウォーターを持ちこむこと》が先生の頭に浮かんだにしても、その先の学習過程が整然と設定されていたわけではなく、利き水という子どもたちからの提案を受けながら予想もしない形で展開していったと思います。岸本先生の頭の中に方針が全くなかったわけではないにしても、《これを教えよう》と決めて実行していく展開ではありませんでした。

⚫〇〇さんが育った熊本では水道水が飲めるのですね(私自身も京都市中京区の小学校に通いましたが、遠足などの時を除いて飲み水として家から水筒を持ってくるということはなく、喉が渇いたら廊下の流しの水を飲んでいたと思います)。いや、東条東小学校の子どもたちも、利き水に始まる学習を行なって行く以前は、家の水道水を飲んでいたと思うんです。ところが授業で岸本先生がミネラルウォーターの後に水道水を飲ませると「まずー」と吐き出したのです。味覚というのは不思議ですね。以前は「こんなもんだ」と思って水道水を飲んでいたけど、ミネラルウォーターの味を覚えてしまうともう飲めないのです。汚れてしまった川から水を採取して消毒のための薬剤を多く投入しなければならないから味がまずくなるわけです。しかし岸本先生が書かれているように、おいしい天然の水やおいしい水道水が豊富にある地域では、「水道水、まず! なんで?」から始まる学習は成立しません。
 〇〇さんは、「自分たちで考えて行動する場面が多いほど、達成感や学びも大きくなる」と書いておられます。東条東小の1998年度6年生の子どもたちはまさにそうでした。しかし、失敗や試行錯誤もありました。学習活動の初期に東条川を「きれいだ」と見誤ったこと、活動を隣のクラスにも広げたいと思ったがかつていじめで苦しめたことを思い二の足を踏んだこと。こうした《活動の停滞》の際に、岸本先生は《こうするのだ》とストレートに打開方向を示すことはしていません。クラスの子どものおじいさんとか隣のクラスの先生の協力を得ながら、子どもたち自身が活動の壁をを打開していくことをさりげなく側面支援しています。これはベテランの岸本先生の名人芸とも言えますが、若い教師であっても《活動の主人公は子どもたちだ》という原点を見誤らなければ、試行錯誤しながらも子どもたちを引っ張るのではなくてアドバイスしていくことができるようになると私は思います。

学校教育の基本方向はどうしても、大人の代表者である教師が《子どもたちに対して「見本」となる知識や行動を提示して、そちらを目指して子どもたちをひきあげる》ということが中心になりがちであり、もちろんそのことが必要な局面は多々あるとは思いますが、それだけでは子どもたちが《生きること、学ぶことはおもしろい!》と実感して主体的に学習し行動することにはつながらないですね。〇〇さんが書かれているように「教師が子どもたちにとってどのようにすれば興味をもてるか考え授業や活動を組み立て実践に移すこと」が必要であり、しかもそのことは簡単ではないと思います。その教師の営みには、《子どもを未熟な存在とだけ見なすのではなくて、子どもを人間としてリスペクトすること》も含まれます。私が岸本清明先生を教師として尊敬するところは多々ありますが、このことも大事な一面であると思っています。

「調べ学習」は教科の授業でも社会科・理科などで行なわれてきているとは思いますが、ある意味「総合的な学習の時間」の代名詞的なところもあるかと思います。ただ、どんな「調べ学習」こそが子どもの興味を掻き立て、やってみたいという気にさせるかはいろいろ検討してみる必要があると思うのです。例えば教師がキーワードを与えて「これについて検索してまとめてきなさい」的な指示を出すだけでは、子どもたちのやる気はなかなか引き出せないですよね。

〇〇さんが書かれていることを読んで、《学ぶ》ということのイメージが、ただ単に《覚えること》とか《教師の指示通りに行動すること》ではなく、大きく広がっていくことを感じます。子どもをしっかり見つめてそうした総合での学びの意義に気づいてくれる教師が全国でもっと増えればいいなと思います。

⚫〇〇さんは「実際に地域へ出て活動することで、自分が普段見ている地域とは違う一面を知ることができ」と書いておられますが、私も大事なのはそこだと思うんですよ。△△さんへのコメントにも書いたんですが、単に《非日常の世界へ飛び出す活動》がおもしろいというだけでなく、《そこから日常の世界を捉え直す》ことによっておもしろいだけではない知的な関心が生まれてくると思うんです。

⚫〇〇さんのレポートを読んで思うのですが、昔だったら地元の偉人・英雄というのは《誰もが尊敬してあたりまえである人》として親から子へ語り継がれ、学校でも教えられ、その人の銅像や顕彰碑にお辞儀せずに通り過ぎたら大人にこっぴどく叱られる、というようなこともあったと思うんですが、それをそのまま地域の子どもたちに《あたりまえに大事なこと》として教え学ばせようとしても無理があると思います。そこに教師はじめ大人たちの工夫が足りないと、〇〇さんも書かれているように子どもたちが《自分事》にできなくて学習が「面倒だな」と感じることもあり得ると思います。(もしかしたら〇〇さんもされたことかもしれませんが)地域の墓地の墓標を調べながら「安政五年」(1854年)ってどれくらい前のことか考えたり、いまから170年前ですから世代的には5世代、6世代も前のことでしょうが、現存の(^^;)おじいちゃんおばあちゃんたちに、彼らのさらにおじいさんおばあさんから「稲村の火」の言い伝えを聞いたことがあるか聞き取りをしたり、そういう活動に取り組んでいくといまの子どもたちにも自分田んぼに火を放って住民に危険を知らせた濱口梧陵の人物像が少しずつイメージされるようになるんじゃないでしょうか。

教科学習でありがちな、《正解は用意されていて、教師は子どもたちに一応問いかけるけど最後は正解を提示して終わり》というタイプの学習過程だと、小中高と進む中子どもたちも《そういう学習だということ》をよく察知していて、敢えていろいろな考え、意見を出そうと努力しない、ということがあるんじゃないでしょうか。総合的学習の中でももちろん《正解としての知識》も存在するでしょうが、それを学んで終わりではなくて、その知識を活用してさらに次の課題について考えていくというプロセスの設定が可能であり、そのことが学習を楽しくするとともに、獲得した知識を《自分にとって有効なもの》《役立つもの》と意識することにもつながると思います。

「いろいろな分野に少しずつ触れる」という学習体験は、たしかに社会に出て行く準備として社会の様々な地域・領域などを知っていくことにつながって大事だと思います。ただ、例えば社会科などもそういう学習を行なっていると言えるものの、現実的には《試験対策として網羅的に知識を暗記する》というような学習に堕している面もあります。百科事典的、ガイドブック的な知識はもちろん必要なんですが、一方で《一分野を掘り下げることでかえって社会全体が見えてくる》ということもあるんじゃないかなと思います。

確かに「総合的な学習の時間」において(もちろん総合だけでなく社会科その他の教科学習においてもですが)、差別や震災、戦争など、日本で生きていくうえで知っておくべきことや、社会問題について学ぶことは重要です。ただ、それを教師が教壇から「君たちにとって大事なことだから」と言って《学ばせる》だけでは、目的の半分も達していないのではないかと思うのです。学んでいることが子ども自身にとって「有意義だったと感じられる活動」であってこそ、その子どもの成長にとって本当に意味あるものになるだろうと思います。

〇〇さんは、「非日常感を味わわせることで学習への関心を高めていた」と書かれています。グループ2の討論記録でも「非日常になり、授業に対して積極的になるのではないか。」とあります。このあたりはおもしろいところで、もっと検討してみてもいいと思います。たしかに、遊びの場面とかレジャーなどを考えると《日常から離れて解放される》という実感があり、学校の学習の一環である「総合的な学習の時間」においても、学校から地域に出て活動することの解放感はあるでしょう。しかしそれだけでしょうか。例えば、《東条川に行ってきた。水遊びして楽しかったけど、何かがわかったわけではない。》という結果だったら。私は総合的学習のおもしろさは《日常と非日常の往復=非日常の場に出てみることで日常の世界を捉え直すこと》にあるのではないかと思うのですが。

一般的に言って学校から地域に出て活動することは子どもたちの関心や意欲を引き出すきっかけになると同時に、安全面その他さまざまなリスクを背負っています。ですから、まずは教師自身が肚をくくることや、学年担任団、管理職、保護者、地域の人々の理解と協力を得ることが必要になります。私も自分の息子の小学校時代に、地域を流れる小さな川を探検する活動を先生が計画し、「ついてはお父さんお母さんで可能な方は引率にご協力ください」という呼びかけがあって、何人かの父母が子どもたちといっしょに歩いたことがあります。楽しい経験でした。こう考えると総合には《1時間の授業をどうするか》という課題をはるかに越えた意味があると思います。

「活動の中で嫌な気持ちになることもある」と〇〇さんは書かれていますが、総合の中でどんなときに嫌な気持ちになられたんでしょうか。教科の学習は基本的に教室内で一斉に進行するので、授業中に子ども同士のトラブルなど学習の進行にマイナスになる事態が起こった場合、基本的には教師が把握して対処することになります。総合的学習ではグループ活動とか子どもたちだけで学校外へ出ることもあるため、全てに教師の目が行き届くわけではないですね。「その経験も含めて成長につながる」と書かれているのは、子どもたちが自力で解決するというようなことも含んでいるのでしょうか

クラスにはいろいろな子どもがいます。何十人かの子どもに教師が一人一人対応することは確かに簡単ではありません。ただ、発想を変えてみることも必要です。岸本先生のコメントでは「本来いろいろな子がいるからおもしろい」と書いておられます。そして、子どもたち同士のはたらきかけあいとその中での成長をとても大事にされています。うまくいけば《クラス全体のアンサンブル》ということになるでしょう。これは言い方を変えると、《教師一人でクラス全体を束ねようとするのではなくて、子どもたちの知恵と力を借りる》という発想だと思います。総合的学習のおもしろさのなかには、そうした子ども同士のはたらきかけあいのダイナミクスも含まれるのではないかと思います。

私たちが教育評価を考えるときに、どうしても知識は知識、コミュニケーション能力はコミュニケーション能力と、分節化して考えてしまわないでしょうか。地域を調べ人と関わる中で、いろいろな能力や資質が併行して、あるいは連携しながら育つという視点が大切だと思います。

岸本先生は1974年度から2010年度までの36年間にわたって小学校教師を務められましたが、東条西小学校での最後の1年は学校全体の荒れの中で、それでも3年学級で総合的学習を展開され、「開こん園の竹やぶは病気です」という実践記録も発表されていますが、心身の疲労から停年まで1年を残して退職されました。教師生活は子どもたちとうまくかみ合い実践もうまくいく年度もあれば、最後までうまくかみあわないままに次の担任に引き渡すときもあるのです。うまくいかないときにどう乗り切るか? 私も小学校教師ではないので明確なことは言えないのですが、一つには休みたいときに思い切って休む(休職など)ことも必要だろうし、またそこまで行き詰まっていない場合は同僚教師や親たちや地域の人たちに率直に悩みを打ち明けて協力してもらうということも大事かと思います。守秘義務やコンプライアンスの壁があってなかなかうまくいかないかもしれませんが、要するに目の前の子どもたちやまわりの人たちとの信頼関係を築くことが大切ではないでしょうか。

「総合的な学習の時間」は教科とは区別される教育課程の領域ですが、「学習」と名付けられています。文科省が「総合的な学習の時間」と教育課程の他の領域(各教科、特別活動等)との区分と連携についてどこまで明確な見解を持っているか定かではありませんが、「学習」と命名している以上「学業ではない」とまでは言えないのではないかと私は思っています。

総合の学びを「何限もかけて深める」ためには、教師の本腰を入れた取り組みが必要です。第4回授業での「総合的な学習の時間」の経験集約では、あまりひどい事例はそれほど出されていませんでしたが、過去の私の授業での経験交流では、(学習指導要領の「法的拘束力」強制による歪みの表れだろうと思いますが)「法的拘束力」が適用されない「総合的な学習の時間」の時間には「何をしようが勝手」とばかりに他教科の足りない時間の穴埋め、受験指導その他《どう考えても「総合」とは思えないような時間の転用》の事例がたくさん出されました。要するにそういう《転用》をする教師は総合的学習を実践する意志がないわけですね。そしてそこまで極端でなくても、教科と違っておざなりに時間を使って「総合的な学習の時間」を息抜き的に利用している教師もいたと思います。

「教育課程論」の学習や討論の中で〇〇さんが「どの学習にも意味がある」と思える教育実践事例に出会われたことはよかったと思います。そこからさらに「どの学び方をするのが楽しく意味のある学習になるのか」を探求していってほしいです。もちろんさまざまな多様な学習活動が考えられると思います


第7回(2026.5.29)
第Ⅲ部 根底を揺さぶられる教育課程 (2)
10(続き)
 10-2.佐藤敏郎監修『16歳の語り部』(2016)から学ぶ
小レポートNo.7課題(1)
2011.3.11に石巻市立大川小学校で起こったことについて思うこと

「防災教育は『ただいま』と言えること」という敏郎先生の言葉は、本当にそうですね。二度とみずほさんの「ただいま」を聴けなかった敏郎先生の言葉だからこそ重みがあります

不測の緊急事態が発生したとき、誰にも判断を誤ったり失敗することはあり得ます。事態が収まったときに部外者がその誤りをあれこれあげつらうことは不当である場合も多いと思います。しかし、子どもたちの命を預かる学校において、いくら未経験の事態下であるとは言え、その尊い命を守るための最善の行動がとられるべきであったということは間違いないことでした。70人の子どもたちと10人の先生たちの命は、失われてはならなかったのです。「しかたなかった」とすますわけにはいかないし、「しかたない」わけではなかった(例えば安全な避難路は存在した)ということがきちんと検証されなければなりません。

学校は毎日の学校生活において家族・親から子どもたちを《預かっている》わけですが、学校生活時間に天変地異などの大事件が起こったときには、本当に《子どもたちの命を守れるのは教員しかいない》わけですね。佐藤敏郎先生はなくなった先生方は裁判の《訴外》であり、先生たちを責めているわけではない、だけど、あの校庭で子どもたちを守れたのは先生たちしかなかった、とおっしゃっていました。どのようなことを考えて長いこと校庭にとどまっていたのか、亡くなられた先生方に聞いてみたい気持ちはあります。

災害はさまざまなパターンで襲ってくることは考えられるので、確かにそれへの対応は必要です。一方で、「絶対こうしてはならない」というルールもあると思います。結果論かもしれませんが、例えば(津波遡上の可能性がある)大河川である北上川の方向へ移動しようとしたことなど。津波の力学について専門家の協力を得て事前学習することさえあれば、あり得ない行動だったと思います。

結果論だと言う人もあるかもしれませんが、北上川から直近の位置にある大川小学校で、2011.3.11以前には誰も大地震・大津波被害の到来を予想していなかったんでしょうね。VTRで佐藤敏郎先生はトランシーバーがしまい込まれていた話をされましたが、おざなりのものであったにせよ作成されていた防災マニュアルも、ロッカーにしまわれてカギがかけられていたと聞いたこともあります。いざという時にすぐに対応するには平時にどういう備えが必要か、残念ながら学校の誰も考えていなかったということでしょうね。

「同じ悲劇を二度と繰り返さない」こと、大事ですね。企業や行政が問題を起こした時の記者会見での釈明で「再発防止に努める」とよく言われます。こういうのを聞くと、「次に起こらなかったらいいのであって...」と今回の事態への責任表明を回避しているようにも思えます。それはともかく、災害については今後も各地で発生する可能性があります。その時、あたりまえですが《全く同じ事態が起こること》はあり得ないですね。発生した災害が過去の災害と共通している点もあるが異なっている点も多々ある。過去から学べることもあるとともに学べない、想定外ということもあるわけです。災害対応というのは難しいですね

敏郎先生の講演で示された地図を見れば、なんで大河川である北上川の直近にある学校なのに川と反対の方向へ避難しなかったのかという疑問を誰しも持ちますが、三陸沖で地震が発生すれば大川地域では追波湾の海岸線からと北上川遡上ルートの二方向から津波に襲われる可能性があることは、専門研究者は知っていたかもしれませんが地元教育委員会も学校関係者も全く想定していなかったんじゃないでしょうか

全くの私の想像で敏郎先生から聞いたことではありませんが、先生もきっと《自分は女川で生徒たちのために必死でがんばってたのに、大川小の先生たちはいったい何をやってたのか?》という思いは持たれたんじゃないでしょうか。ただ、敏郎先生も教師であり、勤務先の女川町と石巻市とでは教育行政の体質は違っていたかもしれませんが、学校の裏山を《避難困難な場所》とウソの証言をするために3月ではなく7月の雑草が生い茂った状態の写真を「証拠」とするという、真実を教えるべき教育関係者としては信じられないような動きをする石巻市教育委員会ですから、そういう体質をベテラン教師である敏郎先生は震災以前からご存じだったかもしれません。遺族でありながら裁判原告には加わらなかった敏郎先生には複雑な思いがあったことでしょう。

石巻市内の多くの小学校が海沿いの学校、山間地の学校を含めて全て学校から子どもたちを避難させているのに、なぜ大川小でそれができなかったのか。多くの子どもたちとほとんどの教員が亡くなっている中で、実際のところ原因の究明も思うにまかせないのではないかと歯がゆい思いがします。大川小に隣接していて峠を越えて反対側の湾沿いにある雄勝小学校では、引き波を見て「山さ逃げて!」と呼びかけに来た地域住民の方の声を受けて、校長が体育館(のちに津波で水没)へ誘導しようとしていたのに対して私の友人でもある徳水博志先生が管理職の判断を飛び越えて子どもたちを山へ誘導したためにみな助かりました。校長に忖度しない徳水先生のような人がいたということは大きな要因ですが、大川小(校長は当日年休)ではなぜ人命の危機が迫る中で《命を守る判断》が下せなかったのか、ですね。

なぜ教育委員会が事実を曲げてまで「言い訳」をするか、ですよね。生き残った先生が少ない(一人だけ)なので当事者の証言を聞くことが難しく、そこに居座って《教育行政の責任はなかった》と言い張りたいのでしょうか。誰に向かってそれを主張しているのか。犠牲者やその家族に向けてではないはずです。

精神論だけでは解決しないとは思いますが、《津波で亡くなった子どもたちと先生たちに向き合いながらこれからのことを考える》という姿勢が必要なのではないでしょうか。残念ながら石巻市の教育委員会関係者などにはそのことが欠けている人たちが多くいたということだと思います。

教師は日々の学校生活の中では、子どもたちに対してよりかしこくとか、お互い仲よくとか、充実した生活を過ごせるようにということは配慮していると思いますが、子どもたちが健康で元気に学校に来て過ごすということはその大前提であって(また家庭の役割であって)、教師が一から責任を持って守らなくてはならないこととは意識していないんじゃないでしょうか強大地震と津波という災害は、その根柢部分=子どもたちの(自らの、も含めて)命を守るという役割を、いきなり教師に課してきたわけです。残念ながら大川小の教師たちはその役割を全うできず、ともに亡くなってしまいました。1人の教師を残して在校中の教師が全てなくなったということが、天災と人災の両方を含んだ大川小事件の解明を難しくしています。 

大きな災厄が襲ってきたとき、その傷から立ち直っていく方法は、それこそ千差万別でそれでいいんだと思います。しかし巨大地震や津波についていうと、過去の経験から今後も多様な地域で繰り返し起こることが予想されるため、その経験と教訓を語り伝えて未来の災害の犠牲を可能な限り小さくとどめることは、社会全体にとって必要なことですね。語り部の人たちはそのためにある意味自己を犠牲にしているわけで(もちろん自己実現としての意味もあるとは思いますが)、私たちは敬意を払って受けとめる必要があると思います。

学校のような組織で日頃の抑圧的雰囲気や風通しの悪さがあると、危機に際して対応を誤って大問題に繋がることもありますね。一方東北の三陸沿岸では「津波てんでんこ」の言い伝えがあります。津波が来たら家族や親しい人を助けることよりもまずは自分自身が安全な場所へ避難することに全力を挙げよ、みんながそれをしたらより多くの人が助かる、という教訓ですね。何度も津波で痛い目に遭っている地域ならではの言い伝えだと思います。学校に適応することは難しそうですが。

私は三重大学の学生とともに何度か大川小を訪れ、敏郎先生にご案内いただいたのですが、そのあるときにお話をして下さる敏郎先生をずっとビデオカメラで撮影し続けていると、「ずっと撮影するのですか?」と敏郎先生に問われたことがあります。伝えてくださることはあたりまえ、それを記録するのはあたりまえと思い込んでいる自分がいることに気づかされ、反省しました。淡々と話される敏郎先生ですが、伝えていただく内容だけではなくて、どのような気持ちでそれを伝えてくださっているのかを聴く側が想像する心が必要だと痛感しました。

人は誰しも、自分が次の瞬間に不安に陥れられるとか、とても危ない生死にかかわるような目に遭うだろうとは予想したくないし、そうしたことを頭の隅に追いやったり忘れて生活したいものでしょう。それ自体は《幸せに生きたい気持ち》なので否定すべきものではありませんが、一方で危機の局面に遭遇したときに対応できるような備え、とか心構えというのは、災害列島に住むものとしてどうしても必要ですね。

私が被災地を訪問して敏郎先生や(私の古くからの友人である)徳水博志先生に会ったときに、なんどか「不条理」という言葉が彼らの口から語られました。辞書的には「事柄の筋道が立たないこと」という意味です。《なんでわが子が死ななければならなかったのか》《なんでわが家が流されなければならなかったのか》、自然災害のためとか人的ミスのためとか一言で片付けることもできますが、それでも《なんでわが子が》《なんでわが家が》という問いは残ります。《何にも悪いことをしていないのに》という思いもあるでしょう。事実は起こってしまった、しかし起こってしまったと流すことはできないという当事者の思いがありますね。

⚫津波は単なる高波ではないんですね。様々な瓦礫などを含んで、人にとっては凶器。津波に足を取られた大人の人がそのまま呑まれて助からないほどの威力なんですね。失われた命は決して戻ってこない以上、遺族が「もうそのことはほじくらないでほしい。」というのも当然の気持ちでしょう。ただ歴史を振り返れば、地震や津波はたびたび発生し、そのたびに多くの人が犠牲になっています。亡くなった命は戻らないけれど未来に向けて命を失う人を少しでも減らすために経験・教訓を役立てようとする人たちの動きもまた大切なものだと思います。


小レポートNo.7課題(2)

雁部那由多さんの震災に関する「語り」を《聴いて》思うこと

震災をなかったもののようにしてしまう周囲の雰囲気に埋もれかけていた雁部さんが、中学校で生徒会活動に加わり、震災関連イベントで語る経験をし、やがて敏郎先生に出会って仲間とともに語り部として活動していく....この流れを見ていくと、もちろん敏郎先生との出会いが雁部さんの活動の発展の大きなきっかけになっていると思いますが、伏流として雁部さんが生徒会という自治活動に参加していたことも大きいのではないかと思います。雁部さんが悩みつつも次第に震災について積極的に発信していった背景に、自治活動の中で友と自由に語り合い、その中で自分を見つめていったことが大きく影響していたんではないかと私は思います。

小学校5年生で目の前で人が死んでいく光景を見る、しかもそのことに自分も関係している(助けなかった)という思いを拭えないというのは、想像を絶することですね。そこから始まるいろいろな思いを経て「語り部」の活動に取り組んでいった雁部さんから多くのことを学びたいと思います。

雁部さんの経験で、流されていく人を助けようとしたら雁部さん自身も犠牲になっていたであろうということは、彼だけではなく誰しも肯定することだと思います。でもおそらく良心的な人であれば「それでも何かができたはず」などと自分を責めるでしょう亡くなったその人は戻らず、過去は書き換えることができません。でも、佐藤みずほさんの姉のそのみさんが、その日の朝妹にすなおに「おはよう」と言葉を返すことができなかったのを後々悔やんでおられるように、良心的な人間は書き換えられない過去についても「ああすればよかった」と悔いるんだと思いますこうした悔いの気持ちは、東日本大震災で生き延びた人の多くが心にとどめているんじゃないかと思います。

学校で震災が起きた時に子どもたちが頼れるのは教師だけですが、それは教師にとっては大変な事態だと思います。もちろん自分の命も守らなければならない上に、多くの子どもたちの命を守らなければならない。その危機を乗り切るには、現場に居合わせた教師たちの相互協力しかないと思うのです。死者を鞭打つことはできませんが、大川小の校庭にいた教師たちは何を話しどう行動したんでしょうね。
 被災していない《未災者》の人たちも被災者の困難・苦悩を知り、それに共感して、また他者に伝えることは可能なことだと私も思いますが、しかしそれは簡単なことではないとも思います。雁部さんが指摘している被災地外からの「がんばれ」の声かけなどについても考えさせられますね。

災害時に、家族など親しい人こそ傷ついている人のことをよく理解できるという面があります。一方、災害時の家族と言っても雁部さんのように自分の家族は無事だった人もいれば、鳴瀬未来中の佑麻君のように目の前で母と妹がおぼれ死ぬのを助けられなかった人もいます。雁部さんは、ずっと後になって津波発生時の自分のことを家族に語り、また当時の父の行動のことも知ったと書いています。誰に話せて誰に話せないのか、あるいは誰にも話せないのか、被災した人の心の苦しみはそれぞれに違いますね

震災によって無念の死を遂げていった人は《証言する》ことができません。だから、かろうじて生き残った人の証言は貴重なのですが、しかしそうした人々の胸は《自分は生き残ってよかったんだろうか》とか《自分に証言する資格があるのか》とか、いろいろな思いが去来するはずです。だからこそ、彼らが語ってくれることには、語られた内容はもちろんですが、語ってくれたというそのこと自体に私たちが受けとめるべき意味、意義があると思います。

雁部さんは「最初は自分のために『話す』だけだったものが、誰かに『伝える』ための言葉へと変化していくのを、感じています。」(P.57)と書いています。語る内容も、語ることの意味の自覚も、変化していったんだと思います。〇〇さんが書いておられるように、《語ることを受け継ぐ》ということが、震災の《当事者》だけではなくて、《未災者》にも期待されていると思います。そうでないと想像も付かないような災害の被害を最小限に食い止めることはできないと思うのです。

被災者が(例え使命感を持って語り部と務めているとしても)震災の記憶を自ら掘り起こすことで自らの傷に触れている、ということはまわりの人間も知っておくべきことですね。

防災の知識・技術は重要なんですが、それだけを受け継げばいいわけではありません。その背後にある犠牲になった人々やそのまわりの人々の思いは、《未災地》の人間にはなかなか実感できないかもしれませんが、それでも《思いを受けとめる、共感する》ということは大切ではないかと思います。

《未災者》、災害時の支援者にとって、《被災した人の気持ちをたずねる》という時には、《なぜそれをするのか》《相手にとってそれはしたいことか》を十分考慮する必要がありますね。善意の支援のつもりで失敗することはあると思います。その場合に間違った対応をした人が誠意を示せるかどうか、ですね。《支援しに来てやっているのに》という対応になったらおしまいです

⚫雁部さんの語りの中にあった「頑張れ」への違和感(P.40-41)や、佐藤そのみさんの「メディアに"被災者"としてきれいに映し出される違和感」(授業通信第7号)ともつながる問題ですね。被災地外の「未災者」が何らかの支援をしようとして被災地にかかわるときに被災者からの違和感や反発を感じることもあり得ると思います。そこで⦅支援してあげているのに⦆というような気持ちになってしまったら、交流や相互理解はすすみませんね。

⚫〇〇さんが書かれているように、「数字や記録だけでは決して伝わりきらないあの時の恐怖や苦しみ」があったんですよね。東日本大震災では、いまだ行方不明の人を含めて2万人以上の犠牲者が出ました。「2万」という数字を聞くだけで恐ろしい気がしますが、その2万人の人たちの一人ひとりに人生があり、さらにそのまわりにおそらく数十万以上の残された人々がいて、苦しんでいる人も多くいることを忘れてはいけないと思います。

阪神淡路大震災の時にも、「外国で地震後に暴動などがあったのと違い、日本人は整然と行動している」との報道がありました。しかし、私が支援にいった神戸大学の先生から聞いたところでは、極寒期の災害であったため、住民が近所の図書館に押し入って蔵書を持ちだし、暖を取るためのたき火にくべていたということです。背に腹は代えられない行動と言えるでしょうね。《不幸中の幸いだった》とばかり美談を作り上げようとするマスコミには要注意です。災害下でも 整然と行動する人だっているでしょうが、普段なら考えられない行動にでる人だっている、ということですね

「稲村の火」は全国に知られているエピソードではありますが、だからと言って《その地元にいたらそのことを学んで理解して行動して当然》とはいかないんだろうと思います。子どもたちにとって、近い将来大きな災害が来るということは想像したくないことでしょう。だから、《絶対来るぞ》と脅すのではなく、来てほしくないけど来た場合にはどう対応するかを理性的に判断する力を育てる必要がありますね


第8回(2026.6.5)
第Ⅲ部 根底を揺さぶられる教育課程 (3)
11.コロナ禍下の子どもたちと教育課程
 11-1.子どもたちの生活はどう変わり、子どもたちは何を失ったのか?
小レポートNo.8(1)課題
「学びたいのに学べない」の文字記録を読んだ感想

子どもをめぐる経済的文化的環境が、それぞれスタート地点において違う。あるいは親の病気・事故とか解雇・転職とかで途中から環境が大きく変わることもあるでしょうね。しかし入学試験や就職試験では《結果》にもとづいて上位から取るので、スタートからの紆余曲折やその中で本人ががんばってきた過程は評価されない場合が多いですね。そういう《競争環境》の中で環境のせいにして努力をあきらめる子どももいるでしょう。難しいですね。

塾に行ってる/行ってないでコロナ禍下の子どもたちの学習の進行に《格差》が生じたことは間違いないと私も思います。ただ、理想論かとは思いますが、少なくとも義務教育(念のため言えば「子どもの義務」ではなく「親や国・自治体の義務」)である小中9年間において、コロナ禍におけるケアなども含めて《学校に通っていることで教育を全うできること》が当然ではないかと思います。進学競争があり、家庭の経済力等の《格差》があるなかで現実的ではない話かもしれませんが、《塾へ通うのはその子と親の自由だとして、塾に行っていない子も安心して教育を受けて成長していける学校》であるべきだと私は思います。

「塾に通わせてもらえ」ること、「勉強できる環境」があることは、もちろん子どもにとって幸せなことだと思います。しかし一方でそれが叶わない子どもたちもおおぜいいる。私は思うのですが、小中は義務教育(子どもの義務ではなく親や国・自治体の義務)なのだから、学校に通えるということだけではなくて、学校の中でも、また(家庭では一律に保障することは難しいから)地域の中でも子どもが安心して学習できる環境を整えるべきではないでしょうか。

確かに〇〇さんが書かれているように「コロナがなければ深刻化しなかった問題」であると同時に、裏返して言うと番組で松岡亮二さんが発言されていたようにコロナ前から「そもそもかなりの格差があった」のであり、それがコロナ禍によって顕在化したということですね。

⚫「教育格差」に「社会全体で向き合う」というとき、《すべての子どもたちに学びの機会を平等に与えるべきだ》という考え方の一方で《機会の不平等は親の労働能力や努力の結果として生じているから、あって当然だ》という考え方も一方では存在すると思います。後者をどう克服するか、克服できるのかは大きな課題ですね。

子どもたちも日頃は、学校でのお互いの姿はともかく学校外、家庭でどのように過ごしているかを互いによく知っているとは(親しい同士などは別として)言えないかもしれませんが、コロナで休校措置になってからは、(SNSでのやりとりなどはあったかもしれませんが)お互いの姿がほぼ見えなくなっていたことでしょう。その中で経済的文化的な《格差》も進行していて、それを抱えたまま休校明けの学校にやってくる子どももいたと思います。

学校に対して安倍首相が功名心からあとさきを考えずに休校要請してしまったために、学校から追い出されてしかし親が働いていて行き場がない子どもたちが日頃いかない子たちを含めて学童保育に集中し、狭い学童保育所では収容できないために休校しているはずの学校の校舎を借りるというわけのわからない事態も起こりました。義務教育制度がほんとうに子どもの安全安心を守れるのかが問われたと思います。

カイトさんの小学校4年当時の担任の《指導》は、(もちろんカイトさんの側からの説明だけ聞いて判断してしまってよいかという問題はありますが)ずいぶんひどいもんですね。最初にカイトさんが宿題を忘れたときに学校でそれをさせること自体はわかりますが、それがどうして授業中なのか。その授業時間の学習をカイトさんに保障しないことについて、担任は何の痛みも感じなかったんでしょうか? 次の勉強もわからなくなる、授業中の宿題でその日の宿題ができないという無限ループに陥ることくらい、ちょっと考えたらわかりそうなもんですけどね。

いまひかるさんは、カイトさんはどうしていることでしょう。番組当時の時点では、ひかるさんはイルカのトレーナーを夢みて進もうとしていた道に暗雲が、一方いったんは将来に絶望していたカイトさんはNPOカタリバの支援も受けながら学習へのチャレンジ意欲を取り戻しつつありました。子どもたちの《学習意欲》を、それを包み込んでいるというかその土台となっている《生活意欲》ごと教師が掴むというのは簡単なことではありません。プライバシーの壁もあると思います。教師が、子どもとの信頼関係を真剣につくろうとしているかどうかが問われると思います。カイトさんの証言通りなら小4当時の担任教師は失格ですね。

《「信じてくれる人」の存在》。とても大切なんですね。ひかるさんの場合は、狭い家で勉強もままならない環境のようでしたが、想像ですけど困難な中でも子どもたちを支えて乗り切っていきたいという両親の気持ちはもちろんあったんじゃないかと思います。カイトさんの場合にNPOカタリバの支援も大きいですが、シングルマザーでコロナに入って職を失ったりしながらも行政に相談するなど打開の道をさぐっていかれたおかあさんの存在も大きいのではないかと思います。

自分が置かれている環境に感謝しながら学習をしないといけないという感想に共感しつつ、VTRを思い出すと、それは教師の口からクラスの子どもたち全員に対して言えることではないなあと思います。自分が置かれている環境を怨嗟することこそあれ感謝することもできない子どももクラスにいるとすると、その子には教師はどう働きかけたらよいか(ゆめゆめ、カイトさんの4年担任のような対応ではなく)をじっくり考える必要があります

《努力》は一般的な《美徳》として常に強調されます。《努力して壁や困難を乗りこえ、成功をつかんでこそ人は成長できる》と。しかし、「努力すれば何とかなる」かどうかについては、人生に何の保障もないですよね。ひかるさんやカイトさんのケースをみれば、がんばったのに報われないということはあるし、なにをどうがんばればいいのかわからないという場合もあります。子どもがそういう苦境に陥っているときに、親や教師や友だちなど周りの人たちはどうすればいいのか、こそが重要な教育のテーマであるように思います。

学校の授業で教師の話を静かに聴く、積極的に発言する、宿題をきちんとやってくる……これらがきちんとできない場合に、教師も親もそれを本人の《やる気》《意欲》の不足とまずは判断しがちなんじゃないでしょうか。現象的にはそれはあたっているとしても、ではその子がやる気を出せないのは、意欲を示さないのはなぜなのか、どういうサポートが必要なのかというところまで考えて工夫しないと教師を教育のプロとは呼べないですね。

学校内及び学校の周辺に、「寄り添ってくれる人、支援者」(心理学専門家を含めて)が必要ですね。教師ももちろんその役割を果たすことを求められますが、昨今の多忙状況の中では教師だけでは限界があります。スクールカウンセラーとかケースワーカーなど専門家を置くことも重要なのですが、人の配置も大事だけどそれだけではだめなように思います。《気軽に相談できる人間関係》をどうつくるか、各方面の専門家が協力して考えていく必要がありますね。

日本国憲法26条1項では、以下のように述べられています。
「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」
 「能力に応じて」の解釈はなかなか難しいのですが、少なくとも《親の経済力に応じて》のような規定はありません。どの子どもも「ひとしく教育を受ける権利を」持つのです。この憲法の規定に基づき、たとえば小中学校(公立の場合)の授業料は無料、教科書も無償となっていますが、給食費等それ以外の経費は有償ですし、さらに前回VTRで見たような社会的災害や親の経済的能力の格差による子どもたちの学習環境の違いについては、放置されているとまでは言えないまでも(各種手当てとか奨学金などの制度もあるので)「ひとしく教育を受ける」にはほど遠い状況がありますね。

経済的支援については低所得世帯を中心とした手当の支給とか高校大学などは奨学金制度などがありますが、本当に必要としている親や子どもに支援の手が届くためにはまだまだ改善の必要があるのではないかと思います。

「子どもたちだけでは解決できない問題を自己責任として考えるのではなく、大人や社会全体が支えていく必要がある」という考え方はとても重要だと思います。ただ、ごく一部の富裕層を除いて日本の勤労大衆の生活が全般的により厳しくなってきている中で、〇〇さんが書かれているような《相互扶助》的な改革をどうすすめるか、どこで国民の合意をつくるのかはなかなか大変ですね。

私がボランティアをしている児童館には毎日100人以上の子どもたちが学校から帰ってきます。喧噪(^^;)の中で黙々と宿題をしている子どももいれば、友だちに誘われてすぐに机から離れてしまう子どももいます。一人一人によって好みの違いはあるでしょうが、その子に合った学習環境を用意してあげることが学校だけでなく(学校も基本一律ですけど)学校外でも必要だと思いますね。

2021年度の本授業以来ずっと「学びたいのに学べない」を取り上げてきたのですが、《私は恵まれているんだとわかった》というような感想が以前はもっと多く出ていたように記憶します。《恵まれていた》と感じてたとえば親に感謝するということはいいと思うんですが、みなさんいろいろな子どもたちを相手にする教職ということを視野に入れて学んでおられるためか、《恵まれた自分の環境にひけめを感じる》というニュアンスを感じることも過去の授業ではありました。私はそのようには思う必要はないと考えています。〇〇さんのご両親が教師とパート労働に就かれていてコロナ禍でも生計に大きな影響がなかったということ、社会全体としてもそういう位置におられたということは、社会全体がコロナを乗り切っていく上では十分にプラスの意味を持ったんじゃないかと思うのです。

この授業では時間の都合で取り上げられないのですが、数年前までの授業では2000年代初めの学校教育を受けた世代への《「ゆとり教育」の申し子》《「ゆとり世代」》というレッテル貼りが事実に基づかない不当なものだ(「ゆとり教育」などと呼べる学校教育は存在しなかった)という話をしていました。そのことはともかく、2020年代前半に小中高の学校教育を受けた人たちが《コロナ禍世代》とでも呼べそうな共通の困難・苦難を背負ったし、そのことがその後の人生に様々な(多くは負の)影響を与えていることもまちがいないと私は思います。《コロナ禍世代》の人たちへの丁寧なアフタケアや、〇〇さんも書かれているように今後の類似事態発生を予想して国や自治体が対応を検討しておくことは重要だと思います。


小レポートNo.8(2)課題

私の2020.2.27以降
  *「2020.2.27以降」と言っても当時から現在まで6年3か月以上の期間の全体ではなく、とりわけ全国一斉休校が実施された2020年春(2019年度3学期~2020年度に入る頃)のことを中心に、今でも覚えていること、残念だったこと、納得できないこと等々、記憶とそれについての感想を自由に述べて下さい。

(この小レポートは受講生それぞれの「2020.2.27以降」の経験を集約し交流するためのものであったので、それぞれのレポートに佐藤のコメントを付けることはせず、翌週の授業通信第9号に全員の小レポートを掲載しました。)


第9回(2026.6.12)
第Ⅲ部 根底を揺さぶられる教育課程 (4)
11(続き)
 11-2.文部科学省はどう対応したのか?
 11-3.専門家はどのように助言したのか?
小レポートNo.9(1)課題
資料26 「2020.5.15文科省初等中等局通知」とそれに対する佐藤の批判についての感想(もちろん賛成でも反対でも保留でもかまいません。自由に述べて下さい。)

「誰一人取り残さない」。近年よく聞くスローガンです。《本当にできるのか? 本気でやろうとしているのか?》と私などは考えてしまいます。GIGAスクール構想で始まっていたタブレット配付(小中は無償貸与、高校は有償)を一気にすすめ、クラス全員にタブレットを配った。だけど30人のクラスで5人の家庭にはwi-fi環境がない。さあどうする? 25人の子どもたちを相手にリモート授業を開始したら、5人を《取り残した》ことになる。ではタブレット使用は学校が再開してから教室で全員で行なうか? だけど休校期間のいろいろあったなかで心に傷を受けたある子どもが学校が再開されても登校できない。教室で29人でタブレット授業を行ったら、1人を《取り残した》ことになる……架空の事例ではありますが、《誰一人取り残さない》ということがそれほど簡単ではないことがわかります。

「経済的理由等でICT環境を準備できない家庭に対しては、学校が最大限の支援を行う」(P.6)とありますが、wi-fi環境のない家庭に学校からの援助で設置するなんてことができるでしょうか?あるいはリモート授業をするけどwi-fiがない家庭には教師があとからフォローに行くんでしょうか? いずれにせよ無理がありますね。配慮を要する子どもたちを「登校させる」といっても、家庭との対応をどうするのか、みんなが登校してない状況で特定の子どもだけ登校させることのその子の心理的負担をどう考えるかなど、《一律に休校させてしまったことによるひずみ》があちこちに露呈しています。

文科省がコロナ禍のような危機的状況に際してこれからの見通しを立てるためには、現場がどうなっているのか、何が問題か、どういう解決策が必要かを、全国の教育委員会の協力も得てつぶさにリサーチする必要がありました。そうしたリサーチが全く為されていないわけではないと思いますが、安倍の愚かな休校要請から2ヶ月半経ってだされたこの局長通知に現場の苦渋が十分反映されているとは思えませんね。

時間数確保の提案は、学校教育を現場に立って考えようとせず上からコントロールしようとする人たちの発想だと思います。グループ討論での「仕方がないのでは」という意見も理解できますが、2019年度末から含めて年間授業日の3分の1ほどを休校にしてしまった以上、土日や夏休み返上という無茶な方針でも採用しない限り挽回は無理ですよね? だったら「無理だ」という現実を踏まえて、今子どもたちに必要なのはなになのかを現場を基盤に行政も含めて真剣に考えるべきだったと思います。

私の偏見かもしれませんが、教育行政の上層部にいる人たち(文科官僚)は、教師や子どもたちを《縛ること》、《統制すること》が教育の仕事と思っているんじゃないでしょうか。コロナによって、学習指導要領に基づく従来の教育が《揺らいだ》、だから《元に戻さなければならない》ということばかり考えているように見えます。

《上から学校教育を動かす》という発想に立つと、どうしても《量で考える》あるいは《子どもたちを塊として見る》という発想が前面にでるのではないか。もちろん文科省も教育の《質》の面とか、子どもの《個》を尊重するというようなことは口にするんですが、正直本気かどうか疑います。

文科省が子どもという存在、人格をどう捉えているのかということが「通知」に反映していますね。学習させて《学力》をつけさせ、社会に出て貢献させるというようなことでしょうか。休校期間に友だちと会えなかったことは、多くの子どもたちにとってマイナスの思い出になっているでしょう。また長い休みの後に登校することで、以前と同じようには学校生活を再開できないというストレスもあったと思います。文科省は「学びの保障」と言いますが、「学び」というのは教科を学習して《学力》をつけることにはとどまらないですよね。特にこうした危機的状況においては

コロナ感染拡大という誰も予想できなかった未曾有の事態に際して、学校教育ではどこに視点・基盤を置いて対応を考えるべきかと言えば、それは学校現場だと思うんですね。文科省・厚労省なども(私の専門ではないので、おそらく、ですが)コロナ感染の実態とそれへのについては各地域の実情を具体的に把握していたのではないかと推測するのですが、こと《学校教育の進め方》に関しては相変わらずの上意下達の発想から抜け出していないと思います。

⚫安倍の愚かな休校要請を文科大臣も前日まで聞かされていなかったそうですから、文科省内の対応も確かに大変だったでしょう。しかし、それから初中局長通知まで2ヶ月半くらいあったわけですから、コロナ感染拡大のもとで全国の学校・教師・子どもたちがどのような状況におかれているのかを教育委員会と協力して丁寧にリサーチする姿勢が仮に文科省にあれば、もっと実質的有効性を持つ方針を出せただろうと思います。

コロナによるパンデミックは、誰しも経験していなかった自体であり、社会の各所で対応の模索は必要でした。ただ.....そうであればなおさら、文科省は《上で決めて有無を言わさず下へ降ろす》という従来の官僚的対応ではなくて、学校現場で子どもたちや教師がどのような状況におかれているかを教育委員会と協力して丁寧にリサーチし、上意下達ではなくて現場の意見を丁寧に聞きながら対策を進めるべきでした。結果として文科省の無策とか失策を問うというより、国民に奉仕すべき行政の基本姿勢を問いたいのです。

⚫〇〇さんが書かれていることを読んで、コロナ禍にはじまったオンライン授業・オンデマンド授業の教材や学習形態その他の具体的実態について、学習者側からの経験交流や批判的検討が重要だなあと思いました。そうした調査研究があるのかもしれませんが、私は知りません。教師の側から見たICT教育の方法等についてはずいぶんいろいろな情報が飛び交っていると思うのですが、大切なのは学習者側からの見方だと思います。

⚫思うんですが、学校教育って基本的に《子どもたちを一つの方向へ引っ張っていくシステム》ですよね。ですからそれが一旦全面的にストップしたあとに《再起動》するためのノウハウは基本的に蓄積されていない。そしてそういう時には関係者(とくに教師)がしっかり意見交換しながら、目の前の子どもたちの安心安全とさらなる成長のために何をどうすべきなのか模索していくことが必要だと思うんです。文科省からの「通知」はそうした模索を支援することからはほど遠いものでした。

もちろん〇〇さんが書かれているように、非常時に「学習内容や授業時間だけでなく、子どもたちが安心して学校生活を送れること」が大切です。さらにそのことは、いわゆる《平時》においても大切だと思うんです。毎日の朝の会で「健康観察」をするというような形式的なことではなくて、授業中や休み時間、給食の時などの子どもの顔色とか姿勢とか話し方とか表情とかに気を配ること。良心的な教師なら普通にやっていることでしょうね

私もコロナ以降、本学を含めてオンラインの大学授業や学会、研究会などを多数経験しました。確かに《参加する機会》という点では現地に行かなくていいオンラインイベントが可能になったことで、参加機会が激増しました。しかしそこでのコミュニケーションということを考えると、いろいろなマイナス面、欠けている面もあると思います。特に小学校、中学校など年齢の低い学習者を対象とする場合には、対面でのコミュニケーションが、教師が日頃意識的無意識的に学習者のさまざまな情報をそこで把握しているということを考えると極めて重要であると思います。

コロナ禍下での家庭・地域との情報共有をめぐっては、慎重な配慮が必要な場合もあるだろうと思われます。たとえばクラスの子どもや家族に感染者が出た場合に、その情報をどこまでの範囲でクラスの子どもたちの家庭と共有するかは、コロナ禍下で感染が拡大している他地域から来た人とか医療従事者を非難したり排除するなど排外主義的な動きがあったことを考えても情報共有の内容や情報提供先の家庭等への注意喚起など、なかなか難しい問題もあると思います。

「理想論」的な意見の繰り返しになりますが、コロナによる休校の期間も感染拡大の度合も全国各地で違いもある中で《同じ学習内容を習得しておかないと入試に不利になる》という状況をそのまま放置しておくこと自体が大問題ではないかという気がするのですが。私は《入試の点数競争においてスタートで不利にならない》ということ以外に、全国の子どもたちが同じ学習内容を学習することに意味はないんじゃないかと思います。現実にそういう競争があるということは、もちろん教育関係者は無視できないとは思いますが。

入試への影響を懸念して学習内容を学校側に決めさせるのは良くないとするご意見と似た意見は何人かのレポートにも見られました。私の批判は長い休校期間を経てなお学習指導要領の内容の見直しをしない文科省の姿勢に対するもので、それは裏返すと学校における学習内容の自主的判断、選択を認めるべきだという主張なのですが、みなさんの考えとは違うようです。第10回授業の石垣雅也先生の報告を読んでさらに考えて見てください。

小レポートNo.9(2)課題
資料272020.5.22日本教育学会提言「9月入学よりも、いま本当に必要な取り組みを―より質の高い教育を目指す改革へ―」についての感想(佐藤自身はこの学会提案を概ね支持していますが、そのことには忖度せず自由に意見を述べましょう。)

日本教育学会提言の作成過程を知っているわけではないのですが、内容を読めば研究者が学校現場の状況を丁寧に把握しようとしたこと、また学会員である学校の教師たちが精力的に状況を報告したこと、それらを反映して提言がまとめられたことが推測できます。行政からの「通知」と学会からの「提言」という違いだけではなくて、《コロナ禍のどこを見ているか》の違いが如実に表れています

日本教育学会は研究者の団体、学術研究団体ですから、いくらすぐれた提言をしても、この団体自身が教育政策の実行に携わるわけではありません。問題は教育行政や学校現場の関係者がこうした専門家の提言に耳を傾けて実際に動き出すかどうか、ですね

ある意味戦後初期に小中の義務教育をはじめとする日本の初等中等高等教育制度をつくったときに匹敵するくらいの大改革になると思います。岩本さんが書かれているように、それでなくても過重な労働にあえいでいる全国の教師たちをさらに多忙にするのでなく十分な人的物的保障を前提に制度移行を考えるというならまだ検討に値しますが、これまでの貧困な教育財政を考えるとそれは無理でしょうね。

⚫たとえば欧米の大学に留学する人が高校卒業から数ヶ月またなければならないのは....(あるいは外国からの留学生にとって)というような事情はわからないではないんですけど、外国留学希望者のために日本全体の教育制度・サイクルを変えるのか?留学対応という理由の他に9月入学にどれほどのメリットがあるのか……いずれにせよ、コロナのどさくさに紛れて決めることではないですね。

⚫9月入学への移行が完了して欧米諸国等と共通する《学校の年間サイクル》になったとしたら、それなりのメリットはあるのかもしれません。しかし問題はそこに至るまでの莫大な労力や資金など(例えば、移行する最初の年の3月に卒園・卒業できず9月まで待たされる子どもたちの受け皿をどうするのか)に見合うだけの意義があるかということだし、ましてやそれをコロナで疲弊している社会と学校の状況で敢えて実行しようといったいどういう頭で考えたのかと疑問です。

GIGAスクール構想でタブレット配付などが始まってすぐの時期にコロナ感染が拡大したのでさまざまな準備ができていなかったという事情はあると思います。だけどそれならそれで、慣れない教師たちに無理矢理オンライン授業への対応を求めるのではなくて、人員を増やして感染対策をとりながらも家庭との直接の連絡を工夫するなど、いろいろやり方はあったんじゃないでしょうか

 「子どもたちや先生の負担を減らしながら教育を続けること」。これも緊急時だけでなく《平時》にも配慮すべきことではないかと思うのですが、これがなかなか難しいかもしれませんね。一般に学校教育は《負担を軽く》という発想で進められているとは言えないと思います。《がんばること》《苦しくても負けないこと》を評価する傾向があります。しかし人生一般で考えれば、人間誰しもいつもいつもがんばって負けないように生きるなんてことはできません。教師だってもちろんそうです。できないことを子どもたちに要求してはいけないと思います。

《いま》規定授業数を確保して帳尻を合わせればよいという問題ではないのです。コロナの流行、長い休校期間、感染再拡大の恐怖……そうした従来全く想定できなかった環境の変化が《いま》と《これから》の子どもたちにどのような影響を与えるか、どうサポートしてあげればいいのかを、性急にならず長い目で相互に意見交換もしながら考えていかなければならなかったんです。


第10回(2026.6.19)
第Ⅲ部 根底を揺さぶられる教育課程 (5)
11(続き)
 11-4.良心的な教師たちはどのような努力をしたのか?
 11-5.(討論)コロナ禍が残したものは何か?
小レポートNo.10(1)課題
資料31-1入澤佳菜「社会をつくる 子どもも私も」の「もう一つの署名」(P.26-27)と資料31-2入澤佳菜「子どもたちと私の2.28」についての感想・意見 (グループ討論での他のメンバーとの意見交換も踏まえて)

「自由」ということの意味を、子どもと大人の関わりの中で子どもも大人もじっくり考える必要がありますね。単に《自由には責任が伴う》として大人が子どもに《条件付きで自由を与える》ようなことではきっと子どもたちも納得しないと思います。

難しいですよね。少数だということで提案・意見を取り入れられなかった子どもがそのことをどのように受け入れるのか。多数の意見に従って決めたことを実行してみてどうだったのかを事後に再度議論するというのが一つの方法だとは思いますが。

⚫少数意見を取り入れること、現実には簡単ではないですよね。話し合いの過程で意見を聞くことは努力すればできます。しかし結論として多数派の意見が採用された場合にそれに納得できないがしたがわなければならない少数派の子どもたちをどうフォローするかというのは、簡単ではないと思います。

実際には《多数決をやめる=全員一致で決める》というのは、けっこう至難のわざですよね。誰か一人が悪意ではなくてもいたずら心で《決定をひっくり返してやろう》と考えて反対したら、その件は決まらないわけですから。クラスの子どもの相互の信頼と、《違う意見同士から出発しても相互に妥協もしながら結論をすりあわせていこう》という努力が必要になると思います。

原則論で言えば、意見が対立しているときに多数決を行なって、多数の意見に全体が従う。ただ、少数意見は圧殺しておしまい、ではなくて、多数決による決定に従って全員が行動してみて、それでよかったかどうかを検証し、問題があれば次の討論・決定によって方向性を修正することもあり得る、ということですよね。少数派は決定には従いながらその是非を検証するということだと思います。

多数決というのは、ある意見対立があった場合に話し合った結果採決をして多数意見の方を採用することが妥当だ、つまりそうする方が《納得する人が多い》という、ある意味《意見対立処理のための妥協案》ですよね。ただ、その際に多数派の子どもは自分の望む方向で何かが実行されるので満足するが、少数派の子どもは自分が望まない方向での実行を容認し、がまんしなければならないわけです。そこから《決める過程で意見が出しにくかった=意見が出しやすければ自分たちが多数派になっていたかもしれない》というような不満が出てきたんだと思います。《決定したらそれで終わり》ではなくて、決定は実行しながらも異なる立場の相互交流を絶やさないという難しい学級運営が必要になりますね。

なかなか難しいことですね。たとえば強硬に持論を主張する子どもに対しては、冷静になり相手を威圧しないようにとアドバイスすることも必要ですが、意見主張に夢中になっている子どもからするとその介入を《教師が自分の意見を抑圧した》ととらえて反発するかもしれません話し合いの時だけでなく日頃の何気ない会話も含めてのフォローが必要で、「会議後には子供たちの姿を注意してみていくことが大切だ」という〇〇さんの意見に賛成です。

花さんの気持ちの推測については私も〇〇さんへのコメントで書きました。手続き的には審議した上で多数決の結果に従うという佑君の主張が正論だと思います。しかし、強い調子で正論を主張されると、ひっかかるところがあっても反論しにくいというのもわかりますよね。多数決を使わないと全員による合意が必要となり、それは簡単なことではないでしょうが、それが《話し合いを尽くそう》という子どもたちの気持ちの表れなら(実際うまくいくかどうかは別として)評価してあげるべきだと思います。教師の介入については、いつ、どのように、がなかなか難しいですね。《先生の力を借りて決めた》というしこりが子どもたちに残らないために

⚫選抜リレーをしたい、自分もでたいと思う子どもと、選抜リレーはやらなくていいと思う子どもがいる場合、その折り合いをつけることはなかなか難しいでしょうね。花さんはおそらく5年までにリレー選手に選ばれて活躍していて、その場がなくなるのが悔しく納得できなかったんでしょうね。しかし「足の速い人を選抜するのではなくて希望者が出る」という児童委員会原案に反対する論理を組み立てられなかったんでしょうね。奈良教育大学附小の場合、行事の方針を教師が決めるのではなくて子どもたちに委ねられているため、もめたときの処理はよけい難しかったことでしょう

⚫佑くんと花さんの対立について、入澤先生は二人が作文の読み合いを通じて相互理解の方向に進みつつあったことは書かれていますが、教師としてどのようにかかわったのか、何らかの積極的指導をしたのかどうかは書かれていません。じっくりと子どもたち自身の歩みを見守られたのかなと私は思います。

私の全くの想像であり、入澤学級の子どもたちのことを《予定調和的》に解釈しようとするのは誤りだとは思うのですが、佑君が「もしめあてとか気にせずにやった方が楽しくしゃべれてつながりが深まるという人がいて、話し合いで採用されたら、選抜種目をするのもありだと思う。」と書き、花さんが「理解してくれてるなーと思った。」と発言したのは、二人それぞれに《意見が違う人ともわかりあいたい》という思いが根底に流れていたんじゃないかなと思います。

子どもたちの行動力に驚かされますね(もっとも、一人一人で思いや行動へのかかわり方は同じではなかったと思いますが)。奈良教育大附属小の子どもたちは、6年間の中で《自治》ということが身についていたんだと思います。ですから、自分たちの身に降りかかった突然の休校という決定に、黙って従うことはできなかったんでしょうね。しかし結局子どもたちの思いは叶えられなかった。その後の子どもたちのことが気になります。

休校反対の署名活動に取り組んだ子どもたちは、まちがいなく「子どもも社会の一員」と意識していただろうし、そしてその意識は日本国憲法の学習によって支えられていただけですね。憲法を根拠にして権利行使の行動に立ち上がった子どもたちは、この件では目的を達成できませんでしたが、この行動の経験は子どもたちの今後の人生において何らかの形で活かされるのではないかと思います。

⚫附小入澤学級の子どもたちは、「国が国民や生徒の命を守るために行う判断」に対して、「教育を受ける権利」「集会の自由」という日本国憲法の理念に立って反対したわけですね。私は安倍要請の内容では到底子どもたちを納得させられないだろうと思います。入澤先生がものすごく悩まれたであろうことは想像できます。

子どもたちにとって自分たちの要求が通らなかったという挫折感は大きいでしょうが、自分が主張したことは正しかったという思いを胸に残した子どもたちもいただろうと思います。今は18歳くらいに成長しているこの人たちはその記憶を自分の中にどのように位置づけているんでしょうね

「自分たちの権利のために行動したことは誇っていい」。本当にそうですね。問題は「学校に来たい!」という要求の実現のために全力で行動した子どもたちが、要求が実現できずに挫折を味わったとき、「自分たちの権利のために行動したことは誇っていい」という《落とし所》へ自分たちを導くことができたのかどうか。「帰りのあいさつのとき、子どもたちは一斉に私のほうを向いて、『ありがとうございました』と言ってくれたのだ。」という入澤先生の報告を読んで、読む者も少し救われる気がしますが。

署名活動によって子どもたちの中に対立が生まれたのは、「選抜リレー」についての署名の方ですね。「もう一つ」の「学校に来たい!」という署名活動については、前の署名で対立していた花さんも佑君も署名したとあります。もちろんこの「もう一つの署名」について、入澤先生は「クラスのみんなで自信を持ってとりくめた」と書いておられますが、怒りを持って署名を推進する子どもに対して違う考え方をする子どもがいなかったのかどうかは、報告からだけではわかりませんが。

「子どもを単に守られる存在としてではなく、社会をつくる主体として捉えることの大切さ」、「子どもたちは大人が思う以上に社会の出来事を深く考えており、自分たちの生活に関わる問題について主体的に行動する力を持っていること」、本当にそうですね。まさに入澤先生がタイトルで述べられているとおり、「社会をつくる 子どもも私も」です。その子どもが「社会をつくる」営みに対して、教師をはじめ大人がどのように支援し、サポートしてあげるか、ですね。一方で《子どもの言うことなどとるにたらない。まともに相手していられない。》というような偏見も存在する中で。

附小6年生の子どもたちの要求をかなえて附小だけでも休校措置を取らないということがあり得たかどうか考えると難しいでしょう。自分の一言で全国の学校を閉めることができると考えた安倍首相の恐ろしい非人間性。クラスター発生等の学校における感染拡大の危険性の科学的判断もなしに《おれの一声で学校を閉めてやった》と名声を誇ることしか考えなかったんでしょうね。全国の多くの子どもたちのこと、子どもが学校に行けなくなって戸惑う親たちのことなんか、これっぽっちも考えなかったんでしょう。こういう人物が最高権力を握っている中では、残念ながら子どもたちの正当な要求は叶うべくもないですね。残念だけど、そういう現実を知ること、知った上で自分は将来も見通してどう行動するかを考えることも、附小の子どもたちに課せられた試練と言えるでしょう

一般的な世間常識として子どもを未熟な存在、考えが足りない存在と見なす傾向もある中で、親ももちろんですが学校で子どもと接している教師が子どもが持つ《力》について社会的にも発言していくべきだと思います。

全国の教育学部・教育大学の附属学校にはそれぞれ特徴があって一概には言えないですが、奈良教育大学附属小学校の場合だと、少なくともコロナ禍の頃までは学習指導要領遵守とか地域ごとの「学校スタンダート」に従えという教育委員会の指導が強く入る公立学校と違って、学校教育の進め方について学校独自の裁量の余地が大きい(「実験学校」であるという位置づけもあって)ので、運動会の種目も子どもたちの話し合いによって決めるというような自治的な取り組みができたのではないかと思います。それを一気に圧殺しようというのが第3回授業で紹介した2024年度以降の文科省・大学・教委による附小の実践と教師の活動に対する弾圧でした。しかし公立校に出向させられた教師たちは裁判闘争を通じて附小に復帰を果たし、この弾圧は基本的には失敗したと私は見ています。

まさに〇〇さんがおっしゃるとおりです。子どもの権利条約第12条では以下のように定められています。
1.締約国は、自己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見を表明する権利を確保する。この場合において、児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとする。
2.このため、児童は、特に、自己に影響を及ぼすあらゆる司法上及び行政上の手続において、国内法の手続規則に合致する方法により直接に又は代理人若しくは適当な団体を通じて聴取される機会を与えられる。」
 子どもは自分に関することについて「意見を表明する権利」があり、またその意見は「相応に考慮され」なければならず、また子どもの意見表明は「聴取される機会」を与えられなければならないんです。大人が子どもの意見を「まだ子どもだから」と恣意的に軽視したりスルーすることは、子どもの権利条約違反です。

「政府は、子供たちに学校生活をさせたくなかったわけではないが、その子供たちがこれからの日常の生活を元気に過ごせるようにするための決断であったこと」という〇〇さんの受けとめ方はわかるし、そうでなければならなかったとは思います。ただ、第8回授業で説明したように、安倍首相は《全国の子どもたちの日常の生活》にとってよかれと思い、そのための検証もきちんとした上で休校要請を出したわけではないのです。専門家の中にも休校以外の対処も十分あり得るという見解があったのですが、感染症や学校教育について素人である安倍首相が、いくら緊急性があるとは言え、専門家の意見もきちんと聞いた上で慎重に判断したとは、残念ながら言えないのです。

資料31-1では、全体として入澤先生が子どもたちの話し合いや行動にどう関わられたのかはほとんど書かれていません。推測ですが、教師はできるだけ介入しないようにして子どもたちの動きを見守られたのかもしれません。もしそうだとして、それでよいかどうかについてはいろいろ意見がありうると思います


小レポートNo.10(2)課題

(資料32の学習とグループでの意見交換も踏まえて)パンデミック再来の可能性が否定できない中で、いま教師に求められることは何か? について自分の意見を述べる。

教師も一人の弱い人間です。子どもたち一人ひとりの声に耳を傾けるためにも、時には《先生だってこわいんだよ。不安なんだよ。》と時と場を選んで自己開示することもまた必要ではないかと思います

教師の姿勢は、パンデミックのようなおおごとの時だけではなく、たとえば風邪を引いて一日学校を休んだ一人の子どもに対する配慮、ケアとしても必要だと思います。《休んだ分がんばれ!》とせかすだけではだめですね。

学校を安心できる空間にすること、教師・生徒、生徒間の関係性を充実させること、とても大事ですよね。それは平静から努力していないと、危機に陥ってからでは間に合わないと思います。

《二倍速、三倍速の授業をするな》というような文科大臣の中身のないコメントは無視して、それでも学習時間を始めとする学習条件が限定されているときに、それでも行なうことができる学習とはどのようなものかということは、一般論としても教師として考えておくべきことではあります。学習における理解度にも子どもによって格差がある中で、なかなか難しいことではありますが。

コロナ禍の場合、感染予防対策が《人と人を切り離すこと》、子どもを家庭に留め置いたり、登校しても三密を避ける、対面しないなどの形を取ったため、人と人が関わる形での行事はやりにくくなりましたね。本当に、間違いなく感染対策上マイナスであるかがきちんと証明されていなくても、子どもと子どもを関わらせることが即批判、非難される空気もあったと思います。このあたりは、感染対策と教育指導の両面から再検討されるべきことだと思います。

子どもたちにとって、1日24時間の中で考えれば家にいる時間の方が長いでしょうが、《起きている時間》で考えると学校で過ごす時間の方が長いでしょうね。小学校のようなクラス担任制では、一日のうちで子どもが一番長く接する大人は担任教師ということになるでしょう。また昔から「子どもはランドセルと一緒に生活を背負って学校に来る」とも言います。子どもや子どもの家庭のプライバシーを守ることには配慮しつつ、《子どもたちが何を背負って学校に来ているのか》ということに教師は無関心であることはできませんね

コロナ禍時に、《学びをとめるなキャンペーン》みたいなことが広がったと思うんですが、しかし《学び》さえ継続していればその子どもの状態、その子をとります生活がどうなっていてもいいのか?という話ですよね。

緊急時においても子どもの《学びを継続すること》はたしかに必要で、そのために良心的な教師たちが尽力することには敬意を表したいのですが、しかし一方子どもを《学ぶ存在》としてだけ捉えてはならないようにも思います。時には学びを中断する、中断せざるを得ないことだってある。そんなときの子どもにも教師は寄り添う必要があると思います。

第9回授業で取り上げた文科省初中局長通知では、「あらゆる手段で、子供たちを誰一人取り残すことなく、最大限に学びを保障する」と述べています。しかし、コロナ禍の混乱で子どもたちの《学ぶことの基盤》が大きく掘り崩されている状況では、《学びを止めない》ではなくて、場合によっては《学びから離れて立ち止まる》ということもまた必要だったのではないかと私は思います。そういう意味では学びを《最大限に保障する》と意気込むのではなくて、《最小限の学びの保障に努力しながら子どもを丁寧に見守ること》こそ教師に求められていたんじゃないかと思います。

ICT化は時代の流れだし、政府はやるというなら全国津々浦々の学校ですべからくリモート授業を可能にするだけの(家庭への援助も含めた)財政保障を肚をくくって行なうべきです。同時に、リモート授業では欠落するもの、補えないものについての実践的研究も進めなければなりません。

「どのような状況下でも学びを継続できる環境を整えること」の一つの方策は、たとえ教師と子どもが直接会えない状況になってもタブレット等を活用してコミュニケーションの成立に努力することですね。同時に、当面がそれがメインになってもそこで欠けてくることは何かについて丁寧にフォローすることも求められると思います。

ICTの活用はいまの時代重要なのですが、《なんのために活用するのか?》ということを常に検討しながら進める必要があります。極端な話ですが、タブレットがあれば学校に登校して教室で学ぶ必要もないとなれば、学校も教師もいらないという話にさえなりかねません。ICT機器の活用で得られるものとそれでは得られないことの明確化が必要だと思います。

「運動が得意な子どももいれば、勉強や芸術、コミュニケーションが得意な子どももいる。」という〇〇さんが指摘されるようなことから、「だから教室の勉強で活躍できない子が運動会で一等になる機会をあげることが大事なんだ」みたいな競争支持の考え方もありますよね。でももっと丁寧に考える必要がありますね。走るのが速い子は教室では学習が遅れていてもいいのか? 教室で活躍できる子は徒競走で勝てなくてもいいのか?
 「子ども一人ひとりの個性や背景を尊重すること」は、平時においても教師がかなり意識して気をつけていないと見逃してしまう場合もあると思います。まして、緊急時には

生徒の安心できる学校」「関係性を守ること」、とても大事ですね。突然の休校でそれらを奪うことになるということを、おそらく安倍は考えもしなかったでしょう。良心的な教師たちはそのことに気づいていたと思いますが、《要請》に抵抗することはできず子どもたちと距離を置くことになってしまいました。教師自身も感染の不安に怯え、自分の家庭もある中で休校状態にある子どもたちのケアをするというのは大変だったことでしょう。

教師が学校で子どもたちを指導する際に学習指導要領のみならず様々な制度的制約があるわけですが、その中でも《目の前の子どもにとってふさわしくないことはやめ、必要だけど行なわれていないことがあれば敢えてやってみる》というような教師の裁量、度量が求められる場面は多々あると思います。

「前倒し」とか、「ぎゅっと凝縮して」という学習内容の扱いについての教師の裁量は必要ですね。私はそれはコロナ禍のような非常事態でなくても常に教師に対して認められるべきことだと思います。目の前の子どもたちのことを一番知っているのは教師ですから。一方で《〇〇の単元は事情があって駆け足で済ませたから、子どもたちの理解が十分ではないかもしれない》と判断して、翌年度以降も含めて《学び直し》の機会をつくること、そのための教師間の協議・協力も必要だと思います。


第11回(2026.6.26)
第Ⅳ部 現在から近未来の教育課程を見通す (1)
12.現行学習指導要領の特徴
 12-1.「資質・能力」とは?
 12-2.「主体的・対話的で深い学び」とは?
グループ討論&小レポートNo.11課題:
資料33 2016中央教育審議会答申の「アクティブ・ラーニング/主体的・対話的で深い学び」に関する記述と、資料35子安潤論文1・2・6・7を読んで、「アクティブ・ラーニング/主体的・対話的で深い学び」に関して思うことを自由に語り合い(グループ討論)、それにもとづいて自分の意見を述べる(小レポート)

私はlearningとはactiveであるのがあたりまえだと前回述べましたが、この「教育課程論」でもいろいろな知識や情報を伝達するだけで終わらずに《みなさん自身がどう考えるか》を重視しているし、それを小レポートで書く前提として《グループで意見交換する》ことを毎回行なっています。そういう意味ではALだと言えます。ただ問題は、授業の中でみなさんが《参加する(討論する)》活動は、みなさん自身が教育課程について理解を深め、自分自身の考えを持つことに役立っているかどうか、ですね。大学の授業評価アンケートには現在は文章記述欄がないので、私は最終レポートの中でみなさんからの授業評価と言える項目も入れていますが、それを成績評価にかかわるレポートの中に入れてよいのか(授業評価に関する項目は点数評価からは外していますが)迷うところでもあります。

⚫子どもたちがひとりひとり違っていることは、教師もよくわかっているはずです。となれば、同じ指導方法を適用してもうまくいく子どもとそうでない子どもがいることも、ちょっと考えればわかるはずですね。あまり言われてないことだと思いますが、《授業中に黙っている権利》とか《つまらなければ抜ける権利》ということについても、考えてみてもいいんじゃないでしょうか。

活動や討論の課題・内容にもよりますが、《発言はしたいときにすればよい》《黙って聞いているだけでもよい》というルールも大事なんじゃないかと思います。それでは活発に発言する子どもはものたりないとは思いますが、だからといって発言したくない子に強要することはまちがってますね。

まだALという言葉もなかった第6期学習指導要領で小学校低学年に生活科が新設されたとき、やはり調べたことを発表することが強調されました。しかし、子どもたちには失礼ですが、1・2年生のプレゼンテーション能力なんてしれているわけです。各グループが順番にだらだらと稚拙な発表をして、聞いてる側の子どもたちは退屈してざわざわしてくる、というような場面を何度も見ました こうしたことを繰り返さず、子どもたち自身が充実感を味わえる(発表する側も聞く側も)プレゼンテーションに向けて教師が何をどう指導するかが問われますね。

学習指導の認知面を考えるならば。同時にALのような学習場面に参加する子どもたちのメンタル面についても、教師は精緻な観察と深い洞察を求められているんじゃないかなと思います。要するに、参加したくない子どもにどう対応するか、ということでもあります。

「子どもたち一人ひとりの探求心を刺激する」こと。とても大事ですね。そして《探究心》の対象もそれに火が点くきっかけも一人一人みんな違うとしたら(もちろん互いに刺激し合って共同の関心が生まれることはあると思いますが)、教師は何をしたらいいのか。だいたい、activeになるというのは子どもの中に何かその子ならではの動機やきっかけがあってそれが発現するわけでしょう。教師がある《動き》を指示してそこに向かわせることで発現するとは限らないですよね。

一人一人の子どもが主体的能動的に学習することができそうな学習環境(=〇〇さんが書いている「一人ひとりに合った方法で学習すべきだという」こと)とはどのようなものなのでしょう。私は少なくともクラス全員が同じ内容を同じ方法で学習することではないと思います。しかし「そうでない学習」を数十人のクラスで実現することは、至難の技とも言えますね。

「楽に学びたい」「体力を使わずに学びたい」という思いは、多くの子どもたちが持っていると思います。それを肯定する教師は少ないかもしれませんが(^^;)そこから飛び出して、《しんどくてもがんばろう》と思えるには、それに値するだけの動機や関心が必要ですよね。それを引き出す技量が教師にあるのかが問われていると思います。

⚫授業の中でグループ活動を取り入れることは、子どもにとっても教師にとっても《心理的に楽》だという面があると思います。子どもにとっては授業中の一挙手一投足を教師の視線や指示を意識してやらなくてもよいし、教師はグループで同時並行に活動がすすんでいるときには、(全体を一度に把握することは無理だから)意識をクラス全体でなく特定のグループや子どもに向けることで心理的負担が減ります。こういう研究は心理学ではやられているかもしれませんが、教育実践研究では学習場面の当事者(教師・子ども)がそれぞれ自分を《ゆるめることができる》という面からの分析・検討は、あまりやられていないんじゃないかなと思います。

⚫意欲の差が、課題ですよね。やる気のある子どもにとっては、《自分は一生懸命発言して参加してるのに、あの子は黙っている》という不満が起こり、やる気が低い子どもにとっては《やりたくないのに、発言しないと非難の目で見られる》みたいな 遊びの場面で話したい子どもだけが自由に集まった、というのとは違うんだから、《聞いてるだけでもいいよ》《話したくなったら話して》というルールも認めていいようにも思います。ただそうすることで、今度は積極的に話したい子が《自分ばっかり話してると思われる》というプレッシャーを感じるかもしれません。むずかしいですね。

「話し合いが苦手な人や、自分の意見を発表することに不安を感じる人」は学校の教室には必ずと言っていいほどいると思います。《話し合うこと》をメインに据えた学習指導ではそうした子どもが脇に押しやられてしまう危険もあります。だからと言って無理に発言を求めてもうまくいかないでしょう。教師は学校教育の様々な場面で一人一人の子どもの言動を丁寧に観察し、討論の場ではなくても出番をつくれるよう支援したり、個別にじっくり話したりすることも必要でしょうね。

自由になんでもできる学習方法」ということも大事です。子どもたちのメンタル面にとってもやる気が出ると思うし、教師が予想していなかったような提案を子どもがしてくれることだってあると思います。 ただ、学校生活が集団で行なわれている中での「自由」をどう考えるかですね。学習を全く個別(あるいは好きなもの同士のペアやグループ)で進めることで個人の「自由」を保障するというやり方もありますが、小グループなりクラス全体で活動するとなると、個々の「自由」が途端に衝突して調整が必要になりますね。その調整の過程で子どもがやる気を失ってしまうということもあり得ると思います。

教師だけでなく子どもたちも《いま学習していることが大切な学習内容であること》がわかっていたとしても、子どもたちは《学習内容》だけを学んでいくわけではなくて、それを伝えようとする教師の日常感覚や、探究心や、熱意……等々、《生身の人間としての教師が語る姿》にこそ共鳴し揺さぶられるわけですよね。(子どもたち側から見て)意味もわからないのにとにかく子どもをわさわさ動かそうとする教師に共感するわけではない、と。ただ……そういう教師であるためには、学習指導要領の拘束性体制下で仕事をしている教師は相当の修行を必要とするとも思いますね。

「主体性」を評価の対象とするというのは、これは自己矛盾だと思いますね。「主体性」の哲学的な定義を持ちだしたりするつもりはありませんが、常識的に考えてもこれは個人という「主体」が自分から考えたり行動することでしょう。評価は学校に深く浸透していますから、子どもたちは《この行動は教師からどう評価されるか》という意識を多かれ少なかれみんな持っていると思います。教師に《主体性があるかどうかを評価します》と言われたり、通知表にその項目があるのを知っていると、子どもたちの中には点数を上げるためにはどう行動したらいいかを意識するようになる子どももでてくるでしょう。このこと自体が《主体性の喪失》ですよね。主体性を喪失させるために評価してるようなもんです

クラス一斉指導・小グループ指導・個別指導などを縦横に使い分けて指導することができれば、教師も一人一人の子どもに柔軟に対応できると思うのですが、そのためには一学級の児童生徒数をもっと減らしたり、複数担任制などを取り入れたりして、一人の教師の仕事の負担を減らしていくことが不可欠だと私は思います。

高校の国語で作品を読みながら言葉の意味をグループで調べて話し合う授業が楽しかったという報告がありました。当然のことでしょうが、そこでの「楽しみ」は小学生の場合とは質が異なります高校生にとっておもしろい、楽しい授業、学習活動というのは、まだまだ開発途上じゃないかなと思います。また、そうした活動は往々にして時間を取るわけで、そのことについて教師が肚を据えて取り組むことが必要だと思います。

第8回授業で取りあげた「学びたいのに学べない」の最後の方で小学校での《学び合いの授業》が紹介されていました。いわゆる《小先生方式》ですね。人に教えることで自分の理解がより深まるというのはその通りだと思います。ただ《学び合い》についてはもっと様々な面からの検討が必要だと私は思います。特に、《合い》とは言うものの実際には《教えられる立場》にいる子どものことです。たしかに、先生には聞きにくいけどすでにできてる友だちからは聞きやすい、というようなことはあるでしょう。ただ、教えてくれる友だちが例えば「こんなこともわからんの?」みたいな嘲り言葉を吐いたらどうでしょうか。教わった側が「二度と教わりたくない」と思ったとしても不思議はないと思います。つまり、《学び合い》という学習の方法は、子どもたちの人間関係づくり、クラスづくりなど教師の生活指導とも密接に結びついて展開されないと、思わぬ失敗を生んで傷つく子どもが出る危険性もあると思うのです

「『型』を適切に教え」の「適切」が難しいですね。「大切なのは活動の形式ではな」いし、「授業の手法を目的化するのではな」いわけです。しかし、確かに「型」が有効である場面もあるんですよね。その辺を見極める技量も教師には求められると思います。

熱心な教師は教育関係雑誌とか、最近ではネットから有用な教育方法についての情報を得てそれを教室の授業に適用したりすると思います。しかし、「流行っているから」とか「隣のクラスの先生も使っているから」とかで安易に取り入れることは禁物ですね。自分のクラスの子どもたちの日常についての丁寧な観察にもとづく適用であってこそ、有効性を発揮すると思います。
 またこれは、個々の教師にとってはどうしようもないことではありますが、教育内容を「法的拘束力」によって国に管理されている状況では、目の前の子どもたちにとってほんとうにふさわしい教育的価値を提供できず、新奇な方法が小手先の改善にとどまってしまうこともあり得ます。

問題は入試ですね。与えられた情報を暗記したり思考方法を適用して問題を解くだけなら試験のやり方は簡単だと思います。しかし、《主体的・対話的で深い学び》の経験を蓄積してきたことをどう評価するのか? むずかしいですね。入試の小手先の方法ではなくて入試制度全体を抜本的に改革することが必要になると思います。

中教審・文科省があれほど叫んだAL(転じて、主体的・対話的で深い学び)ですが、それならなぜ《入試も抜本的に改革して、高校でALをやめなくていいようにする》というところまで改革を徹底しなかったんでしょうね。社会の側、もうすこしはっきり言えば企業の側に、《ALで育ったような人間を望まない》というような強い抵抗があったんでしょうかね?

⚫この授業を含めて大学ではALと呼べるような学習形態は多く採用されていますね。しかし、そういう教育をしている大学が入試の際にはまだまだペーパーテスト、点数評価による選抜にしがみついている。矛盾ですよね。

おそらくこの授業でもグループ討論で積極的に発言することが苦手な人もいると思います。私は毎回の個々のグループの討論状況を把握できていませんが、授業後に提出される小レポートを見る限り、グループ討論で多く発言されたにせよされなかったにせよ、一人一人の受講生が自分の考えをしっかりまとめておられると感じています。対面しての討論は重要ですが、事後に提出された同じグループの人のレポートを読み合うこともまた大切な学びではないかと思っています。

⚫教師が学習集団全体に指示を出して動かすのではなくて、学習者がグループを組んで自分たちで動かす、その《形》自体を主体的能動的だとみなして教師が《自己満足》してしまうところはあるかもしれませんね。それは、この授業でのグループ討論にも言えることだと思います(^^;)。私としては《受講生に討論してもらう》と言いつつもいろいろ条件を付けて結局《教師が学生を動かす》のであってはならないと判断して、《自由に感想を交流する》という形を多くの回で提案していますが、《丸投げ》とも言えますね。
 〇〇さんが最初に書かれていることはとても重要です。まず個人という存在があるわけですよね。《仲間と交流してこそ成長できる》というのは《乱暴な干渉》であり、《よけいなおせっかい》とも言えますその人自身が交流することを望むときに交流するのがいいわけです。ALと言っても、学校が決めた時間割に従って個人の意志には関係なく実施するわけですからね。


第12回(2026.7.3)
第Ⅳ部 現在から近未来の教育課程を見通す (2)
13.現行学習指導要領告示後の教育課程の動向
 13-1.「令和の日本型学校教育」とは?
 13-2.「Society5.0」とは?
 13-3.「GIGAスクール構想」とは?
小レポートNo.12課題
資料36「第Ⅰ部総論 3.2020年代を通じて実現すべき『令和の日本型学校教育』の姿」(P.15-22)で描かれている「令和の日本型学校教育」を読んだ感想

20世紀中盤くらいまでの高度経済成長期には、日本は世界的に見てGNP(いまだとGDPですね)もアメリカに次いで2位で、『Japan as No.1』なんて本も出されたりして、《敗戦から這い上がっていまや世界に冠たる国となった日本》というような強い国のイメージが振りまかれていました。それが1970年代のドルショック・オイルショックで高度経済成長が終焉を迎えて低成長経済に転換し、さらに時が経って第12回授業で見たように《日本の国際的地位は危うい》みたいな見方が振り向かれています。私たち国民はこうした《国家目線》に振り回される必要はないと思います。人口減少・経済縮小という現実に立って、その時代に生きる国民の幸福を追求していったらいいと私は思っています。

「誰一人取り残すことのない」とは美しいコトバですが、それを言う時に言う人がはたして多様な存在である人間、子どもについてどこまで具体的に思い描いているかが問われていると思います。困難で大変な作業ですが、教師は朝教室に元気に入ってくる子どもたちだけを念頭に置いて教育を行なっているのではだめなわけです。心身の状況から不登校になっている子どももおり、また家庭の経済条件から安心して登校できずにいる子どももいます。憲法26条に照らせば、様々な状態におかれているその全ての子どもたちに「教育を受ける権利」があります。こうした根本に常に立ち戻ってICT利用等を含む教育指導の改善に取り組んでいるのかどうか、現場教師も政府も、このことを常に問われていると思います。

「孤立しない学び」、たしかに大事ですね。でも、ある子どもは学習活動の中でなぜ《孤立》するのでしょうか? また《孤立》とはどういう状態?発言してないけどノートに考えたことを書いていたというのは《孤立》? これらのことを考えると《孤立している》という状態をその子どもの責任に帰してしまわないことを前提に、教師や他の子どもたちがどのような働きかけをしてその子を共同の学習活動にいざなったらいいのかを、個別事例に則して丁寧に検討することが必要ではないかと私は思います。

「知識を活用して考える力」は、本来小学校教育から丁寧に養っていくべきものだと思います。小学校段階ではまだまだ多様で柔軟な学習過程が組織されていると思うのですが、学習過程の《成果》をペーパーテストによって測定し、把握することが繰り返されると、《テストで評価されそうなことだけをがんばる》というような学習傾向もだんだん形成されるでしょう。高校生になれば思考力等もそこそこ形成されていて、一般論として応用的な学習の可能性は広がると思いますが、前述したような歪んだ学習観が定着してしまっていると、「知識を活用して考える」学習に主体的に取り組むためにはそのことの導入となるような楽しい学習体験を教師が意識的に用意することが必要になるんじゃないかなと思います。

「機器を使うだけでなく、教師が子供同士の関わりを支えること」、大事ですね。タブレット上に一人一人の子どもが考えたことを書いてそれを相互に読み合うような場合は、《タブレット上での子ども相互の関わり》になるわけですが、タブレットを活用しながらもその中の世界にとどまらず、現実世界での相互交流にタブレットを有効活用できるとおもしろいですね。

紙媒体からの情報だけでなく、静止画や画像や音声や、その他多様な媒体の情報が学習材から得られることは、たしかに子どもにとって魅力でしょう。しかし、ちょっと考えてみると、子どもたちはそうした多様な情報を例えば家での自由なスマホやタブレットの使用などによって得ています。そして、そうした情報受容に比べると、授業でのそれはおそらくもっとお粗末な、子どもの興味を引きにくいものになってないでしょうか。子どもの一般的な生活場面での情報環境をうわまわるものを授業で提供するというのは、至難のわざではないかと思います。

学習を支援するICT機器はどんどん進化してきているとは思いますが、それでもあくまで学習のためのtoolであって学習の目的そのものではないわけですね。たしかに紙媒体の宿題プリントやドリルだけを使うよりも、家でもタブレットで学習活動を行なうことができると、学習活動の幅や量が拡大するだろうと思います。しかし、プリントやドリルでもできてから親に見てもらうなどのチェックなしには好き放題やりっぱなしになる可能性もある(翌日学校で教師がチェックするかもしれませんが)ように、タブレットなどを使っても似たような問題は起こると思います。ちゃんとやってなくても教師がそれをネット上で監視することはできるでしょうが、大事なのは監視の結果ではなく、学校にせよ家にせよその学習場面で子どもが自分自身にとって意味のある学習活動を行なえているかどうかだと思うのです。

⚫「ICTを活用することで学びの幅が広がる一方で、人との関わりやコミュニケーションも同じくらい大切だという考えに賛成です。ただ懸念されるのが学校教育が前者(ICT活用)の方に引っ張られていかないかということです。「人との関わりやコミュニケーション」をICTの世界だけで充足させてしまう傾向は、現実社会の中では広がってきていると危惧するのですが、学校教育がそこにきちんと歯止めをかける役割を果たせるかどうかが問われていると思います。

「タブレットやパソコンがあることで授業を聞かなかったりゲームをしたり」と〇〇さんが言われるのは、学校の一斉授業の世界とコンピュータ操作の世界の矛盾を突いていると思います。個別化が進んでいるとは言うものの、一日の学校生活、一時間の授業で、子どもたちが前を向いて教師の指示を聞くよう要求される場面は多いと思います。一方コンピュータは、ソフトの種類にもよるとは思いますけど、基本的に操作する人がスイッチ ON/OFFすることで自由に作業を開始-継続-終了できます。教師はタブレットに触らないように子どもに指示することはできますが、それにもかかわらず子どもは(隠れて)さわることができます。

「他者と意見を交換したり、協力して課題を解決したりする経験を通して、コミュニケーション能力や多様な考え方を受け入れる力を育てること」、「デジタル教材を活用して個別で最適な学びを実現するとともに、協力的な学びの機会も十分に確保すること」、大事ですね。問題は特定の方法、手段に教師が安易に流れないことだと思います。多忙な仕事に追われる教師が仕事を合理化、省力化することはもちろん必要だと思いますが、できあいのデジタル教材に依存してしまって自ら学習内容や指導方法について工夫することを怠ると教師の存在基盤に関わるような墓穴を掘ることになりかねません

「一人ひとりが興味・関心に応じて主体的に学ぶこと」は、学習というものの原点であり本来的な姿だと私も思います。しかし〇〇さんが言われるように、子どもがICT機器に《引っ張り込まれる》ことによって「自分で考える力が低下する可能性もある」と私も思います。そして困ったことに、子どもにとって《自分で考えなくても十分におもしろい、楽しい》という状況もあると思うんです。そういう状態に子どもが《浸ること》を一律に否定する必要はないと思いますが、その状態は《学習》とは呼べないでしょうね。

ICT機器活用のメリットについて、私も本授業に即して考えてみました。三重大学在職時代初期の学習用イントラネット(京女大で言えばLMS)がない時期には、A5版の感想用紙に私の(きちゃない^^;)コメントを入れたものを縮小して1ページに8枚並べて両面印刷したものを次回授業で配付していました。100人近い規模の授業も担当していたので、感想用紙だけで5~6枚になり、印刷が大変でした。私が集約・整理・印刷しなくてもLMSで受講生が相互に全員のレポートもコメントも(見ようと思えば、ですが^^;)見ることができるメリットは大きいです。だけど成績管理面では私が目視で小レポート提出を確認して出欠簿ファイルに落としており、自動化されているわけではありません。

小学校ではタブレットをどのような学習で活用し、またどのような学習では使用すべきでないのかを実践での検証もしながら丁寧に検討していくべきだと思います。たとえば、ですが、テレビのオンライン学習塾の宣伝で見たような記憶があるのですが、子どもがタブレット上にタッチペンでひらかなを書く練習をしているシーンがありました。私がボランティアをしている児童館では漢字の宿題をする小学生たちがタブレットを使っているのを見たことはなく、みんなプリントやドリル帳+ノートに手書きしています。タブレット上での手書き文字入力がいかなる場合にも不要だとは思いませんが、書き言葉獲得の初期の小学校低学年では、ノート(やプリント)に鉛筆で書くことで手書きの《手応え》を実感しながら書く練習をすることも大事ではないかと個人的には思います。

学校教育へのICT機器導入とそれを活用した学習指導がどんどん推進されていくと、教師の中でもそうした新しい技術にすぐには適応できない人は、苦しい立場に追い込まれます。もちろん《ICT苦手教師》に担当された子どもたちが受ける不利益、ということもありますが、ICT機器導入についても名目としては《個々の子どもたちの個別的な学習態様に十分対応できるようにそうする》のだと一方では言われながら、他方でそうした新しい動向にキャッチアップしきれない教師を窮地に追い込むとしたら、それはつまり《教師に対しては優しくない改革》ということになります。それでよいのでしょうか?だいたいICT機器導入についても《学校全体で一律に》導入しようとするから、あるクラスである教師がそれに対応できないと《子どもたちにとって不利》ということになるわけです。ICT機器導入が適切/不適切な場面について全校教師集団が研修・意見交換を重ね、その中である教師が技術的に対応しきれないような場合は教師間の協力(ティームティーチングなど)を組織するなど、言うならば教師に関しても《誰一人取り残さない》ような改革が必要だと私は思います。

以前(20世紀終わり頃でしょうか)インターネットが世界的に普及しつつあったときに、ネット環境が整備されている先進諸国とほとんどそういう条件がない発展途上国との間のdigital divide(ICT(情報通信技術)へのアクセスや活用能力の差によって生じる社会的・経済的格差)ということが言われましたが、現代日本の学校の中でも同じようなことが起こっているんですね。学校教育において《一人一人の子どもに即したきめ細かい処遇の必要性》を言うのであれば、ICT機器の活用能力についての教師間の個人差についても、困っている教師の人間的尊厳を傷つけないようにしながらフォローすることが必要ではないでしょうか。

「活動だけが目的」なんてことは、普通は人生の中では起こらないんではないでしょうか。あてもなく荒れ野をさまようというような経験をする人もいるかもしれませんが、ふだんの生活で散歩をする場合には、行く先は決めてないとしても健康のためとか気分転換のためとか、何か目的を持って家を出るはず。そう考えると、教師がただただ子どもたちを活動させてそれでよしとするのがいかに愚かかわかります。

ゲームや会話練習で、子どもたちはなぜ楽しいのか? それらの活動のどういう要素や側面を子どもたちは楽しいと感じているのか。一方、《本来の学習》は楽しくないものなのか? 楽しくあってもいいのか? 《本来の学習》を子どもたちが楽しいと感じる場面があるとすれば、その楽しさはゲームや会話練習のそれとは違うものなのか?それとも共通しているのか?

小学校・中学校でも、ほんとうは《正解の習得・暗記》ではだめだと思うのです。もちろん社会で生活していく上で《何が正しくて、何が誤っているか》を知ることは必要なのですが、大事なのは《知ったことを生活で活用すること》であって、活用できない知識は(もちろん活用するのは「すぐ」でなくて「長い人生の中でいつか」でもいいのですが)《暗記》していても意味がないと思います(まあ、テストで得点することも「活用」と言えなくはないですが)。
 子どもたちが自らタブレット等を活用していろいろな知識・情報を入手することができるようになると、なにごとについても《いろいろある》ということ、つまり《一つの正解があるとは限らない》ということがわかってくるのは、いいことだと私は思います。

中教審・文部科学省は「個別最適」と言いますが、それが本当に《一人一人の子どもにとって最適であるように提供される個別に多様な学習内容》を意味するのかどうかが疑問です。もしそうであるならなぜ依然として《全ての子どもに同一の学習内容の学習を強制する仕組み》としての「法的拘束力」を伴う学習指導要領を持続させているのでしょう

⚫〇〇さんは小学校6年当時の「総合的な学習の時間」で貴重な体験をしたんですね。稲作とか全国各地の伝統工芸についても、いまだったらタブレットで検索していろいろな情報を得ることができます。文字だけでなく写真や動画である意味で疑似的な臨場体験もできるかもしれません。しかしそのことと、泥田に足を突っ込んで苗を植える体験とか、職人さんに教えてもらいながら伝統工芸の活動の一部を体験するとかいうこととは、全然次元が違うんですね。もちろん体験を通じて農民を目指すとか職人を目指すわけではないですが(中にはそれを希望する子どもも出てくるかもしれませんけど)、自然やモノや人に直接触れて交流するということは人間の成長にとって他に換えがたい意味を持つと私も思います。

授業通信第12号P.21に、たしかに「子供が ICT も活用しながら自ら学習を調整しながら学んでいくこと35ができるよう,『個に応じた指導』を充実すること」「子供が自らの学習の状況を把握し,主体的に学習を調整することができるよう促していくことが求められる。」などの表現が見られます。このことを〇〇さんが「主体性」と捉えられているのはその通りだと思いますが、問題は「調整」とはどういう行動を刺しているのか、です。学習をいつ始めていつやめるかとか、どれくらいの速さですすめるかとか、1回にどこまで進めるかというような、学習の量や速度を《調整》できるということだけなら、大したことは言っていません。家で宿題をしている状態と同じです。そうではなくて学習の内容や質、目標設定などについても《子ども自身の主体的判断》を尊重しようとしているのかどうか

「主体性」と「協調性」。難しいですね。授業通信第12号P.22冒頭の「協働的な学び」の説明では、「同じ空間で時間を共にすることで,お互いの感性や考え方等に触れ刺激し合うことの重要性」を言っていて、必ずしも《協調すること》をストレートに強調しているのではないとは思いますが、もちろん「お互いの感性や考え方等に触れ刺激し合」ってはい終わり、ではないですよね。学校ではそこから先に《いっしょに行動する》場面がたくさんあり、「協働的な」と言っているわけですから集団行動において〇〇さんが言われるように「協調性も求められる」と思います。個性的な存在である一人一人の子どもが「協働的な」行動を取るということを中教審答申が《矛盾》としてきちんと捉えているか、ですね。

⚫不登校児支援のボランティア、ご苦労様です。たしかに学習の場面を教室に限定されないことは、教室に入りにくい子どもにとっては学習参加のハードルを下げることになるでしょうね。ただ、一人一人の子どもによるのでしょうが、タブレット等の利用により他の子どもの学習活動成果を閲覧できるということは、自分自身の活動の様子も他の子どもから閲覧されているということだろうと思うので、そのことが大丈夫な子どもならいいんですが、学習における他の子どもとの関わりそのものを忌避する子どもの場合だと、コミュニケーションをその子と教師の一対一関係に限定することなどが必要になるかもしれませんね。すると教師の側で授業中に一人で対応するのは難しいかもしれず、さらに分厚い学習支援体制が必要になりますね。

授業通信第12号で紹介しているように、特に2010年代中盤以降に文科省からも他省庁からも夥しい数の教育政策提言が出されていますが、私は(授業では十分言及できなかったのですが)その基調に1996中教審答申の「生きる力」提案があると見ています。授業通信第12号P.8のまんなかあたりで私は「生きる力」提案について、「社会はどう変化するかはっきりわからないけれど、とにかくそれにcatch upし、しがみついて生きよ(どう進むかわからない社会に、とにかく貢献せよ)という言わば『やけくその人間像』」と批判したのですが、これは言い方を変えれば《自己責任論》にほかならないと思います。一人一人異なる子どもの人格、思考、感情、能力等を丁寧に把握してそれにもとづく支援や指導を行なう発想ではなく、はっきり言えば《付いてくるものはかまってやる》というような発想ですね。こういうことがあるので、私は政府筋の人々がよく口にする《誰も取り残さない社会》というようなスローガンを決して信じていないのです。この激動の時代における政府の無策や国民への《自己責任の押しつけ》の中でそれでも良心的な教師は子どもたちにどう向き合っていったらいいのかを、困難だけど考えていく必要があると思います。

コロナの時に教室消毒など本来教師が担わなくてもいいのに人がいないからやらされている仕事のことが問題になりましたが、タブレットなどの使用管理、メンテナンス、不具合への対応などは、本来教師でなくてもできる仕事であるにも拘わらず、全国の学校にICT関連の支援員が必要な数だけ配置されているという話は聞きません。学校教育を含む国の教育政策全般において課題ばかり多くてそれへの物的財政的支援がきわめて弱いと思います。

個を大切にしながら集団の中での学びも大事にすべきというのはその通りだと思うのですが、現在の学校規模(上限35人でも多すぎると思います)の中でそれを達成しようとしても無理があると思います。両面に目を配らなければならない教師の身体的心理的負担も大きいです。もはや学校での学習でタブレットなどのICT機器を全く使わないという状況は考えられないでしょうね。ただ、学習には独自の目標や習得すべき内容があり、機器はあくまでそのためのtoolであることを忘れず、《機器に使われる》ということがないようにすべきだと思います。

本授業でも、グループ討論による共同の(敢えて「協働的」と書くことがふさわしいのかどうか、私にはわかりません)学び、それを踏まえた小レポート作成という個別の学び(「最適」と言えるかどうかわかりません)は実施しています。さらに第13回授業ではグループ討論結果を全体で発表してもらうという共同の学びの相互交流も計画しています。やっていますけれども、それらの、つまり学習における個と集団との連携が《うまくいく》《うまくいっている》などと教師の立場から簡単には言えないと思っています。少なくとも学習活動自体についての中間的なモニタリングとか最終的なアセスメントを学習者と教師が共同で行なうことが必要だと思いますが、そこまでやるには教師のそうとうきちんとした手立てや学習者の積極的参加が必要だと思います。

 


第13回(2026.7.10)
第Ⅳ部 現在から近未来の教育課程を見通す (3)
14.(討論と発表)わたしたちの考える近未来の学校/教育課程
小レポートNo.13課題
本日のグループ討論に参加し、また他グループの発表を聞いた感想

⚫学習指導要領を楯にして学校現場における教師の振る舞い(指導の目標設定・内容構成・指導方法)をいちいち規制する動きはどんどん強まっています。そんななか「学校スタンダード」に従って授業づくりをすれば楽でよいという風潮も残念ながら学校現場にはあります。こうした《上の言うとおり》《自分の頭で考えない》という傾向は、予期しない災厄が発生したときに非常に危ないのではないでしょうか。一人一人の教師が学校での仕事の何もかもを自分で考え、決定して行動することができないのは自明ですが、だからと言って《なるべく決めておいてもらったら楽でいい》という姿勢に陥ることはすごく危険だと私は思います。

教師と親の関係は、戦前-戦後ある時期まで-現在と大きく変わってきています。たしかに最近社会の様々な場面でのハラスメントが取り上げられるようになっていることを考えると、《教師に対する親のハラスメント》も取り上げられてよいとは思います。ただそういう形になってしまうと双方の和解は相当困難になると思うので、どうやって双方が意思疎通・相互理解をするかについて、教師の側からも親の側からも考えること、努力することが必要だと思います。

⚫文科省の官僚は、国家公務員試験に合格した《エリート》ですね。都道府県の教員採用試験に合格して教員になっていく人たちとは、残念ながら《層》が違います。私の意見では、文科省が本当に全国の学校の子どもたちと教師たちがよりよい教育を実現していくことを本気で支援しようとするなら、文部官僚はことごとく研修の一環として全国の学校へ散って一定期間そこで仕事を担い、学校現場の大変さと何が行政からの支援として必要なのかを肌でつかむべきだと思いますね。現状でも中堅どころの文部官僚が昇進ルートの一環として各県教育委員会に出向することはあるようですが、教育委員会ではなくて学校現場に出向すべきだと私は思います。

教育は社会の変化に対応していくことが必要です。その際に《何を》変化と捉え、それに《どのように対応するか》を示すことは、もちろん学校現場でも議論して提案していくべきことではありますが、全国的視野からの提案を行なう責任は国の教育行政にあります。国の内閣府、経産省、文科省などがこの間どういう提案をしてきたかは第12回授業で見てきた通りです。膨大な情報量なので全体像を把握することは困難なのですが、私の見たところそれらの諸提案は、沈下しつつある日本の政治的経済的地位を回復する方向に国民を動員することには関心があっても、いまの社会の現状をどう見て何を改善すべきかについて国民各層の声を謙虚に聴いて取り入れていく姿勢は欠けていると思うのです。

教育課程にはその内容面とそれを実現するための制度的支援の面があると思いますが、後者についてはこの授業であまり言及できませんでした。しかしこれらは車の両輪だと言えます。2006 年に改悪される前の 1947 年教育基本法の理念では、学校教育の内容充実には当事者である教師をはじめとする関係者が全力を尽くし、一方教育行政は学校の教育活動にあれこれと指図を入れるのではなくて、教育活動充実のための条件整備を行なうという両者の協力・連携関係が明確に示されていましたが、2006 年の法改悪以降は特に、教育行政が学校教育の具体的内容に介入するケースが増えています。辺野古の事故を理由とする文科省の同志社高校の教育実践への干渉などはその最たる例です。

授業ではコロナ禍の中での子どもたちをめぐるドキュメントを視聴し、私から安倍の休校要請を批判するコメントを行ない、その上でみなさん自身のコロナ禍下での生活を振り返っていただきましたが、また政府の対応と専門家の提言を学習し、学校現場の良心的な教師たちの対応も紹介し、コロナ禍のような非常事態の中で教師がどう行動すべきかについての討論もしましたけれども、多くのことが一度に起こったパンデミックを振り返りながらいろいろな困難を想定しつつこれからの教師がどう行動していけばいいのかについて、不安も含めて意見交換する時間は十分には持てなかったと思います。ですからこの点を改めて議論していただいたのはよかったと思います。

地震・津波やパンデミックなど、子どもたちと教師、全ての人々の生活を土台から揺るがす災厄は、もちろん起こらない方がいいわけですが、みなさん自身が生きてきた20年前後の間にも日本や世界でさまざまな災厄が起こっています。ですから、《いつ起こるだろう?》とびくびくしてみてにしかたないですけど、《起こったときにはみんなと協力してこういうふうに対応しよう》というイメージを持っておくことは必要ですね。つまり学校教育も、《決まったことを教える》という硬直した発想に立たず、《それを教えられなくなったときにどうするのか?》を考える柔軟さを持っておく必要があります。

幸いにして津波の犠牲にならずに生きている子どもたちは、もちろん自分(や家族)が生き残ってよかったという気持ちを持っていると思うんです。だけど親しい友だちとか近所の人とかあるいは自分の家族が津波でなくなっている《のに、自分は生き残ったことを喜んでいる》と自分を責める気持ちが同時に起こるんだと思います。これは、東日本大震災の前後に生まれた子どもとその家族が誕生日を素直に祝えないというのと共通するものがあります。人は自分だけ幸せであればよいと思えない生きものなんでしょうね。

「学びたいのに 学べない」に登場したひかりさんやカイトさんが抱えていた《学習機会の格差》、それぞれの担任教師を始め学校関係者がそうした子どもの困難をどの程度把握していたのかわかりませんが、一般論として、良心的な教師がクラスの子どもの家庭の経済的文化的事情をきめ細かく把握できていたとして、教師の立場から直接的にできる援助というのは限られていると思います。忙しい教師にとっては大変なことですが、スクールソーシャルワーカーとか福祉事務所のケースワーカーとの連携が必要になります。それを個人的にやろうとしても限界がありますから、学校や教育委員会が組織としてバックアップすることが必要ですね。戦後初期の教育実践では、農家の働き手として期待されて学校を休みがちな中学生を担任教師とクラスメートが農作業の応援に行って励ます、というようなこともありました(無着成恭『山びこ学校』)。ただ、個人情報保護やいじめへの対応ということもあり、クラスの一人の子どもが抱えている困難をクラスで共有するためには、さまざまな配慮事項もあり、簡単ではないと思います。自分の無力さを感じたりもしながらも子どもたちの学校生活を何とか支援したいと願う教師が多く存在することを願っています。

東京の小学校の火災のニュースを見てびっくりしました。火事の原因もおどろきですが、教室からもうもうと煙が出る中、何人もの子どもたちが外壁の桟のようなところに座っていましたね。学校のある地点から出火した場合に子どもたちが安全に逃げるルートがなかったわけです。あの子たちのなかにはPTSDに苦しむ子どもがいないか心配です。
 私も最近、ボランティアで行っている児童館の防火訓練を経験しましたが、子どもたちはどうしてもわいわいがやがや、笑ったりふざけたりになってしまいますね。本当に火災が起こったときの恐怖を想像することができないんだと思います。学校等の施設の防災訓練では、もちろん建物を揺らしたり火を付けることはできません。臨場感のなさが訓練がうまくいかない原因です。逆に本当に起こったら、訓練など忘れてパニックになってしまう恐れもあります。行動訓練だけではなくて、防災知識の学習、それも《こうするんだよ》《こうしてはいけないよ》という押しつけに終わらない学習が工夫される必要がありますね。

子どもの「可能性を信じて」、それが大切なことであり、同時にむずかしいことなんですよね。ある子の姿にすばらしいものを感じて感動していたのに別の機会に別の面を見せつけられて幻滅というようなことも起こります。いったん幻滅してもその子にかかわり続けて、長い目で見ていくことが必要ですね。子どもから学ぶことは限りなくあると思います。

子どもの個性の尊重ということは、教育の一般理念としても大事なのですが、それを具体的な子どもとの関わりの中で実現していかないと意味がないと思います。子どもの現実、子どもが思っていること感じていることや行動を丁寧に捉えようとすると、おのずとその子の今の学校生活の中での位置や、地域と家庭の現実の中をどのように泳いで?いるのかということも見えてくると思うのです。一人の子どもの中で《あらゆることがつながっている》と言ってもいいと思います。

「教育の一定の目標を達成するために決められた枠組みどおりにすることが、かえってその目標から遠ざかることがある」という考え方は興味深いですね。もちろん「目標」がどのように設定されているかにもよるのですが、学校教育の目標には確かに全ての子どもたちに共通するものとして立てられ達成をめざすものもあるだろうけど、一方で一人一人の子どもが別々の目標を立ててそこに向かって進むこともあっていいんだと思います。個別の目標への対応というのは一人の教師が数十人の子どもたちを担当している状況ではかなり難しいわけですが、教師が一人一人の子どもの願いや関心に目を向けて(たとえ全部はフォローできなくても)可能な支援をすること、その姿勢を示すことは、きっと子どもたちによい影響を与えると思います。

子どもの興味を引くこと、大切ですね。《興味》についても様々な学説があるのでしょうが、私自身は興味は子どもの中にあるものであり、それをどう引っ張り出せるか(つまり「引くこと」)が保育者や教師の仕事だと思います。もっと言えば、教師が自分が持っている知識や技術を子どもに《伝える》というのは、《それが必要であるという理由を勝手に用意してそれを子どもに押しつけること》ではなくて、《子ども自身が、おもしろい、たのしい、大事だ、もっと知りたいと思えるような学習状況をどうつくるか》が大事なのだと思います。

ICT機器はあくまでもtoolであって教育の目的ではないわけですから、その導入・活用が教師-子ども、子ども相互、教師相互、教師と他の学校スタッフ相互の関係をよりよいものに、より円滑なものにするのかどうかでその是非を判断すべきだと私は思います。

たしかに《寄り添う》とは教師だったり専門家だったり、とにかく大人とか、言い方が難しいですが《有利な立場にある側》が主語ですよね。そのはたらきかけを受けた側の人がたとえば《安心できた》というように思えたならば《うまくいった》ということになるでしょうが、心に傷を抱えて浮き沈みも含めて日々を送っている人にとっては、一度《安心できた》ならそれでOKというわけではないですよね。そういう相手の状況を長い目で見ながら《理解する》努力をすることはたしかに大切だと思います。自らの経験を振り返りながら悩んでいる相手にかかわるというのは、しんどい仕事であろうと思いますが、相手と共通の楽しみを見つけるとかの《楽しさの追求》も考慮に入れながら続けてほしいです。

一人の教師がふんばって荒れている子どもたちと関わり続けることは重要なんですが、本当はそこに周りの教師の支えや協力が必要なんだと思います。岸本先生の場合も相担(あいたん)の女性の先生の協力が不可欠だったと思います。クラスが荒れて指導が入らず教師としての基盤を揺るがされるようなときは、それぞれの同僚教師たちのそれまで見えなかった(時には醜い)人間性が見えてくることもあるでしょう。協力できそうにない同僚はしかたないですが、少しでも意思疎通しあいできたら協力しあえる同僚を見つけたいですね。

教師も一人の生身の人間であり、教職に就いていると同時に家族を持ち社会生活を行なっています。決して《ただただ子どもたちのためにのみ献身させるべき存在》ではないのです。しかしそのことについて教師が声を上げにくい状況があります。教師自身の労働組合への団結など自主的行動も必要ですが、親や地域住民など学校の人にいる人たちとの交流や連帯が重要ですね。

仮にそのクラスに副担任の先生以外にもう一人、あるいは支援を必要とする子ども一人に対して一人の支援員が配当されていたら。それでも当該の子どもの突発的な行動に対応することは大変だったでしょうが、副担任の先生が辞職するような事態にはならなかったんじゃないでしょうか。
 親にとっては、わが子が学校にいる間はその姿を見られず対応することもできないので、何かあったら《担任の責任》という発想になりがちなのかもしれませんが、わが子の生活と行動についていろいろ悩みも抱えているであろう親と、その子に学校で対応する教師が、日頃から冷静に十分な意思疎通をすることが重要ですね。そのためにも教師の仕事を減らし、放課後に親の相談に乗れるような時間をきちんと確保しなければならないと思います。

⚫「同じ授業内容でも感じた事、考えたことにこんなに幅がある」と〇〇さんは驚きとともに述べておられますが、私はこの事実をうれしく受けとめました。教育課程のあり方に関わって、私は自分自身の意見を明確に表明するとともに、それを《正解》としないこと、自分の意見をみなさんに押しつけないことに留意しています。多様な意見が表明されるということは、私の授業運営の趣旨が受け取れられているということかなと勝手に思いました(^^;) 子どもたちの中にも多様性を認めること、大事です。現実に子ども相互に対立が生じた場合には悩みますが。児童館ではしょっちゅうそういうことが起こります。

新しい教育の方向を検討することよりも、これまでの教育の《よさ》を確認することは却って難しいかもしれませんね。学校現場では《前例通りに》みたいなことも多く、それは同じことを踏襲しているだけであって《よさ》の再確認になっていないかもしれません。その学校の教育経験の履歴や、あるいは教師一人一人の被教育体験まで掘り起こしながら、《何をこそ受け継いでいくべきか》を議論することは大切であると思います。

レポートを読んで、つくづく「『え、そうなの?』と初めて知って驚いたことや、これまでの考えをひっくり返されたこと」という討論の視点を設定してよかったなと思いました 私には教育課程についてみなさんにお伝えしたいことが第13回授業までに話したことにしても、またそれ以外にもたくさんあるのですが、一方で私がお伝えしたことをみなさんが「ふんふん、なるほど」と聞いてくれることがこの授業の目的ではないと考えています。みなさん自身が教育課程に関係するいくつかの論点について考え、交流し、現時点での自分の考えを持たれるということがなにより大事だと思います。その《交流》の中で、自分とは異なる他の人の視点とか、関心の持ち方とか、立場とかを知ること、そこから刺激を受けることがとても重要だと思います。


第14回(2026.7.17)
第Ⅴ部 「裏」教育課程 (1)
15.hidden curriculum(隠れたカリキュラム)を意識化する
 15-1.hidden curriculum(隠れたカリキュラム)とは何か︖
 15-2.学校⽣活体験の中で学びとったhidden curriculum(隠れたカリキュラム)の具体的事例の収集
小レポートNo.14課題
hidden curriculum(隠れたカリキュラム)を探す作業によって、自分のこれまでの学校生活に対する見方が変化したか? 変化したとすればどのように?

《終礼で静粛に聞く》というのは教師が指導する事項(OC)です。だけどその終礼を迎える前にクラスの子どもたちがどのような状態であるかは教師自身は関知できません。一方子どもたちの中には、《先生が教室に入った途端に全員がピタッと静かになるなんて無理》と経験的にわかっている子どももいて、つまりOCに従うことで教師の覚えめでたくするためには、事前の準備、ウォーミングアップが必要》と判断して自主的に動く。これはOCから派生する行為ではありますが、OC自体ではないと考えることもできますね教師はそういう子どもたちの《陰の努力》もあってこそ自分の指導(OC)も通るのだということをきちんと自覚しておくべきだと私は思います。

「先生の何気ない言葉や対応から、努力することの大切さや人との接し方について学」ぶというのは、生徒としてすばらしい行動だと思います。同時に、教科担任制の中高では《この先生とあの先生では言うことが違う、行動が違う》ということもあったんじゃないでしょうか。つまりそこから、子どもたちは《正しいこと、正しい行動って、たった一つだけあるわけじゃないんだ》ということも学んでいくんじゃないかと思います。

⚫〇〇さんの「生徒として通っていたころは嫌だと思いながら行っていたことでも教師を目指す側として学んで考えてみると嫌なことをさせているのではなく、その行動には人として学ぶべきことがあるのだ」という認識は正しいと思います。問題はそのことを子どもたちがどうやってわかっていくのか、そこを教師がどうフォローし、支援するのか、です。その際、教師の側に《人間、間違えることはある。間違えるのが悪いのではなく、間違いに気づき、そこからそう立ち上がり立ち直っていくかが大事だ》という視点がしっかり確立していることが決定的に重要だと私は思います。

確かにOCの中には教師が《みなまで教えなくとも、子どもたちが自然とわかって身に付けていく》という面もあると思います。大きく見れば、人生の中でたかだか12年しかない小中高の教育は、そういう前提で成り立っているとも言えます。一方で、《みなまで言わなくても子どもはわかる(はず)》というのは、権力関係にのっかった教師の《悪知恵》でもあります。〇〇さんの部活顧問の教師の〇〇さんの言動への対応とか指示というのは、教師の明確な行動ですからOCの部類ではありますが、その背後に《おまえが俺の期待に応えないからおれはこういう対応をするのであって、それはお前の責任だよ》みたいな《報復》的、《いじめ》的な意味が含まれていただろうと推察します。OCに含まれることはあり得ない《反教育的》な行動をその教師はOCの陰に隠れてやっていたわけです。許せないことですが、残念ながらそのように振る舞う教師は決して《ごくごく一部》とは言えないんじゃないでしょうか。


授業通信第15号に挙げられているようなたくさんのHC事例・経験について、「あるよね~」という話を小中高校生とする場があってもいいように思います。まあ担任教師の立場でそういう話をするのはむずかしいのかもしれませんが、いろんな大人が子どもに語りかけて《ヤバいと思われるホンネの世界だって、あっていいんだ》と気づいてもらうことは、やってもいいように私は思います。

学校生活のほとんどがHCに当たるのではないかとは、おもしろいですね(^_^)じゃあ数え切れないOCは一体何だったのか(^^;)と。でもHCにそれだけ強い影響力があったとしたら、その影響の与え方は正当なものだったのかということを検討することも重要です。自信をなくしてしまうような負の影響もあったわけですから。

⚫〇〇さんが振り返っておられる中高での活動、学校のルール/モラル的にはよいことではなかったかもしれませんが、しかし自分にとって《本当にしてはいけない悪いことだったか?》については、じっくり考えてみてもいいと思いますよ。《そうせざるを得なかった状況》は自分の責任なのか、それとも学校に問題があったのか。たとえば、教師は、生徒が内職したくなるようなつまらない授業をしていても許されるのか?

小中高の学校生活でHCとして学び取った「社会で必要な価値観や行動」は、いま考えてみてもぜひとも必要なものであったのか、それともやむを得ず従ったけど今となってはおかしいと思うことなのか。これからの生活のためにもそこを振り返ってみることも必要じゃないかなと思います。

確かに学校は「人として成長する場」なのですが、そこでの経験は後から振り返って肯定できるものばかりでもないですよね。まあ、肯定できないものを《不承不承認める》というのも《成長》と言えないこともないですが、社会に出るとその対応だけでは自ら自分の立場を不利な状況に追い込んでしまうこともあり得るのではないかと思うのです。

「社会で生きていくために必要な価値観や行動」ですが、現実の子どもは《いいことだけをする》《わるいことはしない》というような聖人君子的存在ではありません。そうありなさいと教師が要求することも現実的ではありません。間違うこともある。ずるもする。それをふりかえりながら、あるいはひきずりながら、模索しながら生きていくのが子どもであり大人でもあると思います。

〇〇さんがおっしゃるように、子どもは学校の中で教えられることを学ぶだけではなくて、学校内外の社会で行動を通じて自然に人間としての《あるべき姿》も学んでいきます。だけど、それだけではないんですね。子どもはサボり方もずるの仕方も学ぶわけです。それを押しとどめることはできません。そういう中で子どもは、失敗も重ねながらだんだんとあるべき姿を模索していくのではないでしょうか

 「ばれてはいけないなど周りの目を気にしている」というようなことは、大人の社会生活でもいくらでもあるんじゃないでしょうか(個人差はあるでしょうが^^;)。《悪いことをしている後ろめたさ》のようなことではなくても、他人には知られたくないことってありますよね? じゃあ大人は子どもに対して、果たして《まわりの目を気にしないといけないようなヤバいことはするな》と言えるでしょうか? そういうヤバいめもしながら、自分でだんだんと善悪判断とか行動指針を身に付けていけたらいいんじゃないかと思うんですが。

「勉強以外のこれから生きていくために必要な力を育むことが学校に通うことでできている」という〇〇さんの意見には私も同感です。HCの中にはそういう「必要な力」もいろいろありそうですね。ただ、そういう「力」は学校という教師と子どもと関係者で構成される集団/社会の中で形成されますが、その集団/社会がそこで人間が、特に子どもが暮らす《場》のあり方として適切だといえるかどうかは、十分な検討が必要だと私は思っています。

HC一覧の中に「納得できない校則」というのがありましたが、校則(=OC)に納得できなくても、たとえばそれに対して一人で異議申し立てをするとか、敢えて校則に反する行動をするというのは、(いい悪いは別として)子どもにとっては相当ハードルが高いですよね。しかしだからといってみんな何もせずにひたすら我慢するとは限らず、陰でなんらかの消極的抵抗をしたりしますね。そうした行動には、OCにはない独自のルールみたいなものがあると思います

レポートから一つ学びました。これまで私は「隠れたカリキュラム」と言う時に、《教師が知らないところで、教師の指示からは隠れて》という意味合いで捉えていましたが、子どもたちにとっても「気づかなかっただけで確実に隠れ」ていた、という意味もありますよね。

隠れたカリキュラムはそもそも公式に提示されるものではないこともあって、《これがそうなのか?》という判断が難しい場合もあります。《クラブ活動や集会活動での縦のつながりによって責任感や指導方法などを学習した》という経験について言うと、クラブや集会というのは学習指導要領の領域区分で言えば特別活動にあたります。現在のクラブメンバーとか集会活動を運営したり参加する子どもたちが知らなくても、過去に教師がクラブや集会の運営について《指導》を行なっていてそれが受け継がれているとすれば、その指導内容は顕在的カリキュラムです。一方で、(集会活動は教師も参加し監視もすると思うのでそこでは起こりにくいかもしれませんが)部活などでは教師が見ていないところで《部の伝統》的なものが形成される場合もあり、教師がそれを後から知ったとしても部活動にとって有効であって支障にはならないと判断すれば黙認して立ち入らないということもあり得ます。その場合の《部の伝統》は隠れたカリキュラムということになります。ただ、《先生も黙認している》ということを部員たちみんなが知っているのであれば、その伝統が教師の権威・承認のもとに成り立っていることになり、《顕在的カリキュラム的である》と言えなくもないです。難しいですね。まあ、人と人の間に起こっている現象に対してあとから学問的概念をあてはめようとしているわけですから、そんなこともあるかと思います

教師への忖度、あだ名呼び、仲間内で空気を読むなどの行動は、後から振り返って《反省的》に捉えられる場合も多いかもしれませんが(特に教師をめざしている人たちの場合など)、でもそれって人間関係において《距離を測る》みたいな技法でもありますよね。確かに《測り損なうと自分が痛い目に遭う》というような自己防衛的な意味もありますが、見方を変えると《相手に不快感を与えない、好感を持ってもらえるような関係づくりに努力する》というのは人間関係の形成にとって大事なことでもあります

成績のために生きていたというのは日本の学校に学んだ多くの子どもたちの共通の感想だと思います。もう少し強い表現をすれば《そうしなければ生き残れなかった》とさえ言えると思います。成績=人に順位付けをすることと考えると、これは基本的に人間関係を破壊する作用だとも言えます。教師は《みんな仲良く》と言いつつ、《〇〇ちゃんは△△ちゃんよりも上、値打ちがある》というメッセージを送ってしまっています。「能力主義」は日本の教育の根本問題だと思います。


第15回(2026.7.24)
第Ⅴ部 「裏」教育課程 (2)
15(続き)
 15-3.(討論)教師=overt curriculum(顕在的カリキュラム)の実行主体立⽴場から、hidden curriculiumとどのように関わるか ―隠れたカリキュラムを顕在的カリキュラムに活かすことは可能か?―

(第15回=最終回授業終了の1週間後を最終レポート締め切り日としているので、競合を避けて第15回は小レポートを課しませんでした。)

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