(2026.5.20刊行 2026.8.25-9.9通読 2026.9.10-12ノート作成)
第64回教育科学研究会全国大会・関西大会@大阪暁光高校(2026.8.8-10)の会場で泉宜彦さんと初めてお会いし、思いがけず本書をご恵贈いただきました。泉さんへのお礼として「必ず通読してコメントを書かせていただきます」と申し上げました。ここでお約束を果たしたいと思います。
泉さんと「初めて」お会いしたというのは、実は「対面では」という意味です。私は2024.5.29以来、都留文科大学『教育』を読む会の月例会にリモートで参加させていただいています。(今年7/22の例会が三重大学名誉教授懇談会と重なってしまったために唯一欠席した以外は)延べ27回休まず参加しています。泉さんは小学校教員(東京)を退職された後、都留文科大学教職支援センター特任教授として学生指導に取り組まれ、昨年度末に都留文科大学を退職された後も件の月例会にも参加されています。
本書「おわりに」には、次のように書かれています。
【1980年から、板橋区立徳丸小学校、高島第一小学校、文京区立小日向小学校、関口台小学校、明化小学校と38年間学校現場で働いてきました。その後都留文科大学で教職支援の仕事を8年間続けてきました。今回は、現場での仕事のなかで書いてきた文章をまとめてみました。さまざまな機会に書き綴ることで、自ら学び得たことがあったのだと思っています。】(P.318)
本書の、構成は以下の通りです。

黄色のラインマーカーの跡がついているのは、私が泉さんの一文一文を読むたびに印を入れたからです。数えてみると、62の文章が収録されていました。長い文章で11ぺージ、短いものは1ページです。原著の所収誌(掲載順)は以下の通りです。『子ども会・少年団』『子どもの遊びと手の労働研究会会報』『子どもの遊びと手の労働研究』『子どもの文化』『作文と教育』『別冊教育技術』『現代と教育』『演劇と教育』『文京の教育』『しんぶん赤旗』『日本の学童ほいく』『日本の子どもと生活綴方の50年』『教育』『文京自治研・所報』『板教組ニュース』
中でも『文京の教育』がダントツに多く、全62編中27編、4割以上がここからの転載でした。
泉さんと私の共通の研究フィールドである教育科学研究会の機関誌『教育』からも2016年4月・10月、2017年1月・5月・11月、2018年5月・11月、2019年6月(本書P.223の原典記載「2019年5月号」は誤りでした)、2020年1月の各号から9編が転載されています。教科研会員歴51年である私自身の月刊誌『教育』の読み方を反省しながら、バックナンバーをチェックしてみました。
読み方を反省、というのは、私は京都教科研の月例会や都留文科大学『教育』を読む会の月例会に向けて、毎月の『教育』誌の2つの特集のうち月例会で取り上げる論文・報告が含まれている特集については全部の論文・報告を通読してから会に参加するようにしているものの、取り上げない方の特集や『教育』目次の左側ページにある短文の掲載記事についてはあまり目を通せないままに翌月の号に移っていくことが多かった、そういう読み方しかしてこなかったということです。今回本書の原典紹介から『教育』誌を辿ってみて、泉さんが『教育』のリレー連載「子どもの風景」を7回担当されていたことがわかりました(なお『教育』2017年1月号(No.852)の泉さんの文章「ひとりの時間 ともに過ごす時間」は、連載「子どもの風景」ではなく、同号の特集1「子どもが子どもである時間」に含まれています)。
それと、関係のない話ではあるのですが、泉さんの「子どもの風景 45年目の『板橋青空学校』」が掲載された2018年11月号(No.874)には、特集1「『学校×性』のタブーを超えよう」の2番目の論文として拙稿「小学校学習指導要領は性をどう扱ってきたか?」も掲載されていたのでした(^^;)。いずれにせよ、自分もこれまでに何回か論稿を掲載していただいている『教育』誌について、もう少し丁寧に学ばねばと反省した次第です。
本書の内容に言及する前に紙数を費やしてしまいました。
本書を一読して私が感じとったのは、泉さんの《子どもたちへのまなざしの優しさ》であり、また《子どもたちや、同僚、親、地域の人々と交流することのわくわく感》です。このことに関わる文章をピックアップしてみます。
ⓐ子どもたちへのまなざしのやさしさ
【子どもたちは、家庭・学校・地域といったさまざまな場面で、まるごと成長・発達していきます。子どもたちの生活を切り刻むわけにはいきません。木のぼりやはらっぱなどの自然も、仲間との遊びも、家の仕事も、家庭とのふれあいも、勉強も、子どもたちにとって、「これで十分」などということはありません。たっぷりと保障されていいのです。それが、あの苦い戦争の反省のうえに立って作られた、日本憲法の思想であり、児童憲章の精神であるはずです。
そしてまた、私たち大人にとって、子どもたちの成長・発達の一瞬一瞬に立ち会うこと、関わることが、自らの子ども時代を再び生きることである、自らの子ども性の発見であり、人間的成長・発達を保障する地域づくりの課題とも重なってくるのだと思うのです。】(➀地域の仲間とともに(1)「子どもたちを豊かに、すこやかに―板橋子育て・教育・文化センターの活動―」 P.31)
【3年生の子どもたちとの1年間をふりかえってみると、ケン玉、リコーダー、なわとび検定と次々と熱中していく、そんな子どもたちのエネルギーというか、集中力に驚かされます。かけ算九九やわり算だって、詩の暗誦や漢字の書き取りだって、ひとたび夢中になるとグングンとこなしていきます。高学年の子どもたちと比べて、反復練習をいとわないのです。まだまだ個人差も少なく、練習の積み重ねが成果として見えやすいのかもしれません。中学年のこの時期は、別な見方をすれば"(←ママ)技の獲得期ともいえそうです。】(②教室で子どもたちと「熱中時代の子どもたち―中学年の子どもたちをどう育てるか―」 P.42)
【子どもたちが熱中しているとき、夢中になっているところは、「先生見て、見て」「お母さん、ほら……」といった声がいっぱい聞こえてきます。】(同 P.48)
【子どもたちと作文を読み合う「時間」を
作文や日記などを教室で読み合う時間を大切にしたいと思います。
忘れられない出来事です。それは今から10数年前、前任校で作文を読み合う学習をしたときのことです。
―(略)
私はえんぴつを妹のふでばこからとりだしました。わたしは、
「ちほ、下のほうもって」
と言いました。
「いいよ」
と、妹が答えました。私は上の方をもちました。書いてみました。一回目は、妹が力を入れて書いたからえんぴつのしんがおれてしまいました。私は、
「力をいれなくていいよ」
と注意しました。二回目を書きました。うまくかけたけれどちょっと「む」のまるいところがへんになってしまいました。三回目をやろうとしたら妹が、
「一人でかいてみる」
といったので、ひとりで書かせてみました。そうしたら、「ほ」の書きじゅんがまちがっていました。
私は、
「ほの書きじゅんは、たてのせんから書くんだよ」
と教えてあげたら、
「あっ、そうだった」
と言いました。また、妹が書きはじめました。こんどは書きじゅんをまちがえないでできていました。(略)―
4年生の亜美さんが、1年生の妹にひらがなの書き方を教えてあげたことを書いた作文です。
この作文をプリントして、クラスの中で読み合っていました。
いつもは元気でいっぱいの和弘くんですが、この日は前の時間にいたずらをして、私に強く叱られたので、ちょっぴり元気がありませんでした。でも、手を挙げて発言してくれました。
「妹に一人で『書かせてみました』って書いてあるところがやさしい感じがする。『書かせました』とはちがう」
私は、はっとしました。
(亜美さんは、とてもていねいに字を教えてあげていて、その様子はこの作文全体を読んでいてもわかる。同時に、この「書かせてみました」という表現には、ひらがなを書いている妹のかたわらで、じっと見守っている亜美さんがいる。「~してみる」という表現からは、何かに働きかけながら、その対象をじっとみつめる人間の心のふるえが伝わってくるようだ)
と思ったのです。亜美さんが妹の様子を見守っている、その「時間」。亜美さんの緊張感を和弘くんは感じとったのです。とてもすてきなことだなと思いました。
それがとんなに短くても、その文章の向こうに暮らしや生き方、感じ方や考え方など、その子どもらしさを感じることができたとき、
(ああ、よかったなあ)
と思います。
そして、友達の作品を読み合いながら、作者の、そのとき(その「時間」)に思いを寄せられるって、すてきなことだと思います。】(②「わたしのとっておきの作文教室 いつか「魔法の杖」に~向こうにある「時間」を読む~」 P.76-78)
【子どもたちが「見て、見て」「聞いて、聞いて」とやってきたそのときに、大人たちがちょっと立ちどまって見てあげられたらと思います。そして「すごいなあ!」と…。そんな時間はわたしたち大人にとっても心うれしい時間のはずです。】(③子育て、教育について考える「真一年生のお父さんお母さんに ちょっと立ちどまって子どもと一緒の時間を」 P.142)
【子どもたちは、小学校に入学してからの6年間で、少しずつできることを増やしていきます。一人ひとりが、それぞれの足どりで歩んでいます。
できたかできないか……というモノサシはひとまずそこに置いて、一人ひとりの足どりや歩み方の、その子らしさにつき合ってあげたいと思います。
自分でうまくできないことを誰かに助けてもらう、その時間も素敵な時間です。そのときのよろこびも、うまくできないときの不安や悔しさも大切にしてあげたいと思います。】(③「そのときのその子らしさをたいせつに」 P.183-184)
【図工の時間だけでなく、休み時間にもやってきては木を削り、やすりで磨く6年生でした。削ったり磨いたりしながら、幾度もその仕上がりを確かめていく、その時間は子どもたちにとってヒーリングタイムだったと思うのです。木を削ったり、彫ったり、磨いたりすることは、どこか心を癒す働きがあるように思います。かご編みや裂き織りなども通じるところがあると思います。】(③「6年生の子どもたちと…」 P.205-206)
【忘れてはならない空間がもう一つありました。読書コーナーです。子どもたちはそれこそ一人一人自由にマンガや本を読んでいます。そこで独りで、自分だけで、マンガや物語の世界に浸っていてもいいのです。あるとき、私はそこが押し入れの中のように見えたことがありました。いつか子どもだった頃、押し入れの中や、家具の間の狭い空間がとても落ち着いたときがあったことを思い出したのです。】(④地域の仲間とともに(2)「児童観はみんなの原っぱ」 P.262)
【4月、2年ぶりに5年生となった彼らの担任となりました。読み聞かせも再開しました。語彙も理解力も増したのでしょう。読み聞かせをしながら、子どもたちの表情を見ていると、
(そうそう、次は……)
と笑いの場面を期待して待っている様子がうかがわれます。クラスのみんなが「生きる力」をひそめるようにしているのです。そうして、つぎにどっと笑い声が……。みんなで一つの物語を楽しむ。そんな時間です。子どもたちが成長してきているから、物語の世界の理解の仕方が深まってきているのです。
そんなとき、(大きくなったなあ……)と、僕もちょっぴり感動しています。】(⑤読書、読み聞かせのよろこび「~読み聞かせの楽しさ~」 P.291)
【子どもたちの日記や作文を読み合う時間にも、同じようにおしゃべりが弾んでいくことがあります。
「きょうはすいみんぐすくーるでした。おわってから、なかなかおかあさんがむかえにきませんでした。さみしかったです。だれもいなくなったへやに、おかあさんがようやくかえってきました。ぼくはほっとしました。そのあと、おやつをかってきました。おいしかったです。」
お母さんを待つその時間、ちょっぴりさみしくて不安だったことを、ひろしくんが書いてくれました。しんとして聞いていた子どもたちに、
「みんなにも、こんなことなかったかな?」
と、問いかけるとつぎつぎに手が上がります。お留守番をしてなかなか家の人が帰ってこなくて不安だったこと、家に帰ったのに誰もいなくて中に入れなくて、涙してしまったこと。
子どもたちは物語や友だちの作文の、ある場面を共有しているのだと思いました。子どもらしい想像力を働かせているのです。物語や作文を読み合う時間は、ことばをなかだちにして、ひとりひとりが場面を想い描くことで共感を抱き得る時間です。それは優れて人間的なことだと思うのです。ときとして教室のなかにはこんなゆったりとした時間が流れています。】(⑤「『そのままでいいんだよ……』 読むことと書くことの自由」 P.297-298)
ⓑ子どもや大人との交流のわくわく感
【なかでも「バンブーダンス」は毎年のように発表されています。というのも、子どもまつりでバンブーダンスを見た教師が、翌年の運動会にやってみる。それをまた子どもまつりで発表するということが繰り返されているからです。ここでは、子どもまつりのなかで、教師同士、チャ同士の教え合い、学び合いが成立しています。その度に、少しずつアレンジされて楽しい踊りになってゆくのですから、ちょっと大げさにいうならば、こども文化の伝承の場に毎年立ち会っていることになります。】(➀「地域に子育ての輪を―子どもも大人も子どもまつりの主人公に― 第11回板橋子どもまつりの報告」 P.20)
【子どもたちも、お母さんたちも、そして先生たちも、みんないっしょに歌う楽しさがそこにはあります。音楽文化を前にして、みんなが同時に受け手であり、作り手になっています。子どもたちから見たら、日頃「ああしなさい」「こうしなさい」と言っているお母さんや先生が、ちょっぴり緊張して顔を赤らめている姿は新鮮にちがいありません。また、大人たちも、子どもたちの新しい一面を発見していきます。】(➀「父母、教師、子どもたち 250人が構成詩を熱演―『そうれっしゃがやってきた』から構成劇『明日へ』まで―」 P.35)
【今年で45回目の板橋青空学校です。奥深いキャンプ場での二泊三日というスタイルになって30数年です。小学校学校(←ママ)3年生から中学校3年生まで参加します。子どもたちの中で班長や村長の役割を、指導員も薪やかまど、ハイキング、キャンプファイヤーのファイヤーキーパー、司会、ギター伴奏などの役割を分担します。指導員に憧れて(来年は…)と、自分の「出番」を思い描くのです。青空学校から帰ってから、ギターを弾いてみたい…と練習を始めて、数年後に指導員としてデビューした、そんな中学生もいました。
それぞれの班について子どもたちの活動を支える指導員と、子どもたちの前に立つことは少ないけれど、本部での食材の準備や救護担当、トイレや水場作りなどのキャンプワークを支える指導員もいます。それぞれの持ち場できびきびと働くその姿に憧れて、子ども、青年、大人と青空学校とかかわり続けている指導員もいます。】(③「45回目の板橋青空学校」 P.217-218)
本書の記述を私自身の狭い関心の視野からだけ切り取ったので、本書の魅力を十分に紹介しきれてはいないと思います。とりわけ、「④地域の仲間とともに(2)」や「⑤読書、読み聞かせのよろこび」を中心に、しかしそこにとどまらず全編にわたって紹介されている泉さんの読書の記録(大人の本も児童書も)や各種講演、研究会の報告などから学んだことの紹介を読むと、泉さんが驚くほど多種多彩な良質の文化の営みから学んでそれを教育実践や教育運動に活かしてこられたことがわかります。それらの具体的な内容について紹介できず申しわけありません。
なお、私が関心を寄せた泉さんの記述をⓐとⓑに分けて紹介しましたが、考えて見ると両者は深く結びついているのであろうと思います。
泉さんの小学校教師としての実践に立ち会って拝見したこともない私が言うのはおこがましいかぎりですが、私が「まなざしのやさしさ」と一言で形容してしまった泉さんの子どもたちとの丁寧な関わりは、泉さんご自身の教師としての長い経験や試行錯誤の中で形成されたものであろうし、またそれ以前に本書に散見される泉さんの幼児期児童期の体験、自己形成史とも深く関わっているだろうと推察するのですが、それだけではなくて、職場での同僚との関係、児童観、青空学校など泉さんが地域で精力的に関わってこられた教育運動文化運動の中でのさまざまな人々との出会い、とりわけそれを《わくわくして》楽しんでこられた泉さんのキャラクターが、教室での子どもたちとの関わりにも様々な形で広く深く影響しているのではないか、だからⓐとⓑは密接不可分である……と外部からの観察者として勝手に思った次第です(^_^)。
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